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Brightest Sword

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「父親の役はいかがです?」
 メフィスト・フェレスがガラス製の灰皿をローテーブルに置きながら、ニヤリと笑って問いかける。藤本獅郎は、禁煙中だよ、と不機嫌に言ってじろりとメフィストを睨んだ。
「これはこれは。他の誰が言っても聞かなかった貴方が、とうとう禁煙したのでしたね。ワタクシとしたことが、失礼をいたしました☆」
 メフィストが真面目くさった顔で、大仰なお辞儀をする。
「貴方も、家族のために身体を気遣う『お父さん』の仲間入りだ」
 白の珍妙な服装をした悪魔の言葉に、だらしなく腰掛けて行儀悪くローテーブルに足を乗せている神父は、目に見える程の殺気を立ち上らせる。
「おや、育てると言ったのはあなたですよ?」
 ワタクシはけして賛成はしませんでしたよ、と肩を竦めて、ますます人の悪い笑みを深くする。
「ったく。ホント、オメーはヤなヤローだぜ」
 獅郎は唸るように言うと、挑むように笑って見せた。だが、そんな強がりも目の前の悪魔には見抜かれているようだ。ますます面白がったような顔をする。
 アホらしい。何をしようが、コイツを楽しませるだけか。
 は、と肩の力が抜ける。煙草を吸っていたころの癖で無意識に常服《カソック》の胸の辺りを探った。タールとニコチンを身体に送り込む四角い膨らみはそこにはなかった。
「で、用事ってなァなんなんだ?」
 意識すると余計に煙草が吸いたくなる。誤魔化すように獅郎はメフィストに問い掛けた。メフィストの秘書が無言で茶と菓子をローテーブルに置いていく。
「おう、すまねぇな。あ、紅茶?ちょっとさ、酒垂らしてくれない?ブランデーでもウィスキーでもいいからさ」
 見た目は歳若いが、実際の年齢が全く読めない秘書は、獅郎の自由すぎると言うか、図々しい言葉にも動揺することはなかった。落ち着いた体で「畏まりました」と何処からか取り出したガラス瓶から、琥珀色の液体を紅茶に加えた。
「レミー・マルタンのエクストラぁ?生意気な野郎だな、テメー」
 礼を言って受け取った紅茶を獅郎が一口啜る。流石にウマい。イヤ、折角なら生でチビチビ行きたいところだ。
「ワタクシのシュミではありません。貴方が来るたびに酒を入れろ、と言うからですよ」
 一瓶ン万円と言う目の飛び出るような高級な酒を趣味じゃないとは…。しかし、何が嬉しいのか日本をこよなく愛する悪魔には、興味の範疇外らしい。全く持って腹立たしいことだ。
「で?」
「で、とはまた異なことを」
 小さく笑い声を立てて、獅郎の向かいのアンティークな椅子に腰を下ろしたメフィストが足を組む。
「チビ共がカワイイとかそう言うことが聞きてぇんじゃねぇんだろ?」
 ニヤリと笑ったまま、悪魔は紅茶に砂糖を四杯も入れてぐりぐりとかき混ぜると一口啜る。この甘党め。
「いかがなのです?」
 人の悪い笑みを浮かべて、メフィストが問いかけた。

「で、どうなんや?奥村くん」
 勝呂達磨が、言い難そうに暫く逡巡して獅郎に問い掛けた。
 京都は金剛深山にある不動峰寺。寺の後ろに聳える山へ少し分け入った所に小さく開けた場所がある。腰掛けるのに丁度いい石が二つある。その一つに勝呂達磨が腰掛け、獅郎は野原に寝っ転がっている。暖かな陽が照らして、鳥の鳴き声が響く。そよ風が起こす葉擦れの音が良く聞こえるほど、静かだった。
 勝呂達磨は明王陀羅尼宗の座主だ。
 魔神《サタン》と人間の女の間に生まれた子供の悪魔の力を封印するために、彼らの本尊である降魔剣『倶利伽羅』を半ば強奪するような形で貰い受けた。まぁ、出会い方は最悪だっただろうと思う。
 色々あったが、今はこうやって時々会っては、取り留めもないことを少し話す間柄だ。
「おう、聞いてくれよ!あいつらやっとハイハイが出来るようになったぜ」
 獅郎が暫く相好を崩して、子供たちがいかに可愛いかを滔々と喋る。
「ホンマ、君はいい加減やな。私が聞きたいことはわかっとるやろ」
 呆れたような、それでも可笑しかったのかくすりと笑った。
「まんまだよ。フツーの赤ん坊だ」
 その辺に生えていた細長い茎の草を抜いて咥える。
「炎を継いだ子もか?」
「ああ」
 達磨は、そうか、と一言呟いた。
「君は、それでどないしたいんや?」
 その問いに獅郎は少し黙る。
 倶利伽羅に生まれたばかりの赤ん坊、燐の悪魔の心臓を封印した。降魔剣と呼ばれるだけある倶利加羅の鞘は、悪魔の力を完全に押さえ込んだ。
 もう一人の子供は少し身体が弱いが、二人とも元気に育っている。
「どーすりゃいいかねぇ?」
 茶化したような答え。話そうか、どうしようか。彼にそんな秘密を背負わせて良いのか。
「言いたくないなら言うことあれへん」
「ああ」
 暫く沈黙が降りる。
「お前ンとこ、どうだ」
「君のお陰や」
「そんなことが聞きてーんじゃねえよ」
 獅郎が笑う。
「あの『青い夜』で亡うなった人がぎょうさんおる。そやさかいに自分の子供のことばかり言うのもあれやけど…。可愛いで。何が何でも守ったらなアカンと思う。親になる言うんは、こう言うことなんやな」
 照れたように達磨が笑う。
 俺も同じだよ。獅郎はニヤリと笑いながら達磨に心の中で賛成した。
 血も繋がってねぇのに、俺も一丁前の親の心境だよ。
 燐、雪男と言う小さな赤ん坊たちの世話をした、まだ一年にもならないけれども慌ただしくて忙しい日々を思い返す。
 修道院の院長と神父を務める以上、礼拝などの儀式は欠かせない。修道士たちや自分自身が赤ん坊を背負って執り行ったこともある。信徒である近隣のお母さんたちに面倒を見てもらったこともある。三時間ごとにミルクを要求され、夜泣きで基本的に寝不足気味だ。
 それでも、投げ出す気にはならなかった。
 親がどうであれ、折角この世に生まれてきたのだ。彼らの出生の秘密は、けして軽いものではないし、残念ながら運命や宿命とか言うやつは、彼らを放っておいてはくれない。だから人よりも苦労は多いだろう。それでも。格好悪くても、あがいてあがいて、必死に生きて欲しかった。
 機会も与えられず、僅かなも希望も奪われ、所詮俺たちはこんなもんか、と絶望して生きて欲しくなかった。
 だからこそ、あの悪魔《メフィスト》の案に乗ったんだ。


 獅郎は興味深げに見つめるメフィストの視線から目を外した。
「どうもこうも、フツーだよ。何処にでも居る、フツーの赤ん坊だ」
 メフィストは足を組んだ膝の上に肘をついて、その腕で頬杖をついた顔を支えている。その姿勢のまま薄く笑い顔を貼り付けたまま、獅郎を見つめる。
 お前の嘘なぞ判っているぞ、と言わんばかりの眼差しだ。
「そうですか、それは良うございました」
 知っているくせに、判っているくせに、そんなことに一つも触れないのだろう。
 食えねーヤローだぜ、全く。
 何故この悪魔の案に乗ろうなどと思ったのか。今更ながらに後悔しないでもない。でも、あの時はそうするしか手がなかった。子供たちを生かしておくには、一旦悪魔の甘言に乗るしかなかったのだ。
 悪魔と交わしたその約束を破るのだ。
 へっ、どうせ無事じゃぁいられまい。
 だが。それでも一日でも長く子供たちの成長を見守り、守ってやりたい。まだ死ねない。まだだ。
作品名:Brightest Sword 作家名:せんり