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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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Holy and Bright

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◆4

 ジュリアスは、他の馬の世話を見ると言ったルゥを残し、神官の館へ戻ってきた。
 柵の側でこちらを見ている女に気づいて声をかけると、アンジェリークも一緒だったが、先に戻ると伝えて行ってしまったらしい。
 そのアンジェリークは館の台所にいるらしかった。ジュリアスは神官の館に務める者たちの恐れに満ちた表情をもろともせず、その台所へと向かった。
 (まったくここの民はどういう神経をしているのだ。仮にもアンジェリークは“天使様”だぞ)
 しかもあの台所の乱雑さといったら! もちろんジュリアスはふだんから台所というか厨房という場所に足を踏み入れることは滅多にない。だから一般的な台所というものの様子を知らないのだが、それにしても雑な様子に顔をしかめたものだ。ここで顔を洗うよう言われたときはぞっとしたが、ひたすら「郷に入れば郷に従え」と念じながら、蛇口からちょろちょろと出てくる水で顔を“濡らした”。
 そのような所にアンジェリークがいるとは、どういうことだろう。思わずジュリアスは台所へ踏み込もうとした。
 そのとき。
 ……いい匂いがする……。
 朝一番から馬を走らせていたジュリアスは、その匂いに腹から一気に食欲がわき上がるのを感じた。これは卵の焼ける匂いだ。笑い声も聞こえる。
 踏み込むのをやめてジュリアスは、廊下から台所の中をそっと覗いた。台所にあった物が整頓されている。もちろん、美しいとまでは言わないまでも、それなりにこざっぱりとしている。
 そして先ほどの女よりは年若いらしい女と、アンジェリークが楽しそうに喋りながら料理をしていた。
 「ほら、こうやっておけば、物も出しやすくて料理も楽しいでしょう?」
 「本当だわ、天使様は何でもできるのね」
 「何を言うの。私なんて何もできないのよ」そう言いつつもてきぱきと卵を調理する手を止めず、アンジェリークは続ける。「いつも失敗ばかり」
 「ええ、そうなんですか?」
 「そう。それで叱られてばかり」
 「あ、あの伴の方にですか? 酷いですよね、天使様を叱るなんて」
 腰に手を当て、まるでそこにジュリアスがいるかのように仁王立ちになって女はむっとした表情になった。
 思わずジュリアスは肩をすくめ、中を覗き込んでいた体を少し外へ引いた。
 「あ、それはその」
 少し慌てたようだったが、アンジェリークは良い具合にとろりと焼けた卵を皿に移しつつ、微かに笑って言った。
 「私が悪いからなの。私が良くないことばかりするから」
 「でも、だからって私たちの天使様を叱るなん……」
 女の声が途切れた。当人のジュリアスが現れたからだ。
 「それを運べばよろしいのですか、アンジェリーク様」
 「は、は、は、はいぃぃ!」
 素っ頓狂な声を上げてアンジェリークは持っていた皿を突き出した。突き出してから、はっと気づいたように皿を引っ込めた。
 「ジュリアス……あの……」
 「美味しそうですね」
 偽らない−−ジュリアスは嘘はつけないから偽りようのない−−言葉だった。意識せず発したその言葉に、アンジェリークの表情が少しほころんだ。彼女の、このような表情をジュリアスは初めて見た。
 「……ありがとうございます、ジュリアス……」
 そう言うと、アンジェリークは顔に微かな笑みを、しかし瞳は潤ませて皿を出した。ジュリアスは皿を受け取りながら、戸惑っていた。
 ……何故泣くのだ……? 私はまた何か良くないことを言ったのか……?
 ジュリアスの頭には、アンジェリークが初めてジュリアスに誉められて嬉しかったから、などという考えは微塵も浮かばないのだった。
 

 「う、馬に乗るの……初めてです……」
 アウロラを前にしてアンジェリークは少し怯み気味になって、思わずジュリアスの着ているシャツの袖を掴んだ。
 「視察して回るのには馬しか方法がないようだからな。せめて馬車でもあれば良いと思うのだが」
 そう言ってジュリアスが目線で示した方向にあったのは、どうにか板を組み合わせて作ったような荷車のような代物だった。
 「……あれって……」
 袖から手を離し、アンジェリークはその荷車のもとへ向かった。ジュリアスはアウロラを手綱で引きつつ後に従った。
 「前にも見ました……前に一度だけここに降りたときに」
 「いつだ?」
 「たぶん……今の神官の人が生まれていないころに……」
 言いながらアンジェリークは愕然としていた。本当だ。本当にエリューシオンの文明は進化していない。それに比べロザリアが育成しているフェリシアはどうだった? 確かにあちらも当然主星のようなことはないにしても、それなりに人や物を乗せて動くものは存在しつつあったはずだ。それは流星盤からでもよく見えていた。
 どういうこと……?
 アンジェリークは無言のままジュリアスの方を振り返った。
 「おまえのエリューシオンを、おまえの目で直接確かめるが良い。そうすることによって、流星盤からは見えない事柄が自ずと見えてくるだろう」
 そう言ってジュリアスは手を差し伸べた。
 アンジェリークは頷くと、差し出された手を取った。

作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月