Holy and Bright
神官の館の庭に出て、ジュリアスとアンジェリークは周囲に民がいないことを確認した。あたりはもうすっかり暗くなっており、多少人が通りかかったとしても問題はなさそうだった。
庭の草木が途切れた所でジュリアスが立ち、アンジェリークは少し離れた所からジュリアスが片手を上げるのを見た。アンジェリーク自身も、ジュリアスが……いや、守護聖が力を与えるためにサクリアを発するところを見たことがなかったので、わくわくしながら力が発せられるのを待った。女王候補の持つ独特な感覚が、自分の育成する大陸に力が与えられたことを鋭敏に感じ取る。だからこそ、アンジェリークは光の力以外の力が、ここエリューシオンに満ちていることを感じることができている。
だが。
感じない。
腕を降ろしたジュリアスの表情が強ばる。そして再び手を強く振り上げた。今度は目を瞑り、唇をかみしめている様子が見てとれた。
けれど、何も感じられない。
再度。でも同じ。
ジュリアスが掌で顔を覆う。その掌は小刻みに震えている。
アンジェリークはふらふらとした足取りでジュリアスに近づいた。そして顔を覆うジュリアスの腕を引いて、現れた顔を見据えると叫んだ。
「光の力を与えてくれないなんて……そんなに私が憎いんですか、ジュリアス……私が今まで光の力をエリューシオンに与えなかったことがそんなに!」
「アンジェリ……」
泣くまいと思っていたのに我慢できなかった。何か言おうとするジュリアスの言葉を遮りアンジェリークは、流れ出る涙をそのままにしながら続けた。
「何故そんな意地悪をするの! せっかくこうして二人で来ることになったからと思って育成をお願いしたのに!」
何とかなだめようとして、アンジェリークの肩を掴んだジュリアスの動きが止まった。
「……望まれたのでは……なかったのか……?」
その言葉に、我に返ったアンジェリークは息をのんでジュリアスを見た。
「それでは、あれはお情けの、つきあい上の依頼……だったのか?」
本当のことを言い当てられてきまりが悪くなったアンジェリークは、頭に血が昇った。それは確かに真実だ。だが、それでも、少しでも仲良くなれればと思っていた。顔を見ればいつも叱られてばかり。それよりもアンジェリークはただ、ジュリアスの喜ぶ顔を見てみたかっただけなのだ。あの素敵な笑顔を。
それなのに。
アンジェリークは自分の肩を掴まれた手を、思い切り力を込めて払った。
「そうよ、エリューシオンは光の力なんて望んでいない! そして」
思い切り息を吸い込むと、アンジェリークは言い放った。
「私も……望まない。ジュリアス……あなたなんて大嫌い!」
駆けていく少女を追いかけようと思った。だが足もとから力が抜けていく。掌にもまるで感じられない。
ジュリアスはがくがくと震えた。
サクリアを自身の体に感じない。
まさか、この期に及んでサクリアが……光の力が途切れた?
このエリューシオンに何も与えぬまま−−否、それは否だ。何故ならエリューシオンが光の力を欲していないのだから。
それどころか、エリューシオンの天使たるアンジェリーク自身こそが。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月