Holy and Bright
途切れながらも淡々と、ジュリアスは続けた。
「……手綱を木に……くくりつけたまま……だから、たぶんもがいて……気が立っている……気をつけて……近付け……。そして……安心させてや……れ」
返事をする代わりにルゥは、額をこつんとジュリアスの肩に当てた。
「ひとりで……アウロラに乗ったことは……ないのだったな……」
そうだ、ジュリアスと一緒に乗った今日が初めてだった。
「だが馬に乗った経験……はあるな?」
再び、こつん。
そう、以前、子馬になら乗ったことがある。けれど世話を見るのに飽いた大人たちによって見殺しにされた。彼らは子馬を育て、増やしていこうと思わなかったらしい。
「……ならば……問題ない……」そう言うとジュリアスはまた深く息を吸った。「……疲れた……横にならせてくれ……」
そしてジュリアスは、自分でもなんとか支えようと地面についていた手の力を抜いた。とたんにルゥの体に重みが加わった。
再びゆっくりと体をずらして地面に横たわらせるとルゥは、そのとき初めてジュリアスの顔を見た。頬や額に、やはり細かな切り傷や擦り傷はあるようだったが、ルゥにはそれよりも、あまりの血の気の無さにぞっとした。
「今縛るから……血を止めなきゃ」
そう言ってルゥは裂いた布を掴んだ。
「……いや……」ジュリアスは首を横に振ると微かに笑った。「飛び込むのが……少し遅れたようだ……思い切り蹴られた……」
「じゃあ、あの音……」
ルゥはぎょっとして真っ赤に染まったジュリアスの足を見た。
「骨が……折れたかどうかは……わからぬ」
事もなげにジュリアスは言った。
「縛って良いものかどうか……私にも判断がつかぬ……なにせ」そしてまた微笑む。「馬に蹴られた経験は……ない……のでな」
「ジュリアス……」
「シャツを……裂いたのか」穏やかなまなざしになってジュリアスは、布を握りしめたままのルゥの手を見た。「すまなかった……な」
黙ったままルゥはぶんぶんと首を横に振った。振りながら泣いた。何故自分は子どもで、こんなに非力なのだろうと思うと悲しくてたまらなかった。
「さあ……早く行け。泣いている暇は……ない……」
そう言うとジュリアスは、泣いて情けなくなった顔を見られたくなくて目を伏せたままのルゥの額に指を置いた。
「頼むから……無事に行き着いてくれ……そして……伝えてくれ」
はっとしてルゥはジュリアスを見た。
「アンジェリーク……様に……『すまなかった』と……」
「ジュリア……!」
「このような時に……おまえに与えられれば良かった……のだがな」
ルゥの叫びを遮り、ジュリアスは額に置いた指に力を込めた。そして言った。
「ルゥ、おまえに……光の祝福を」
えっ?
ルゥは息をのんでジュリアスを見た。焦って口が上手く動かせない。その間にジュリアスは額に置いていた指を、すっと急斜面の上の方向に据えた。
「……行け」
その一言に、まるで操られたかのようにルゥはただ頷いて、斜面に生えている樹の根や突き出た岩を掴みつつ登っていく。下を見ると恐いので、上−−ジュリアスの指さした場所だけを目指す。そして何とか登り終えて下を見たときにはもう、樹々の枝に隠されて、あの恐ろしい赤い色しか見えなかった。それでもルゥは叫んだ。
「ジュリアス、待っててよ! 必ず……必ず、助けに来るからね!」
だが、返事はなかった。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月