Holy and Bright
頷くと男と女は慌ただしく出ていった。後にはアンジェリークと、力なく俯いてしまったルーグが残った。
アンジェリークは依然続く胸の痛みとは別の、締めつけられるような焦燥感に苛まれていた。
ジュリアスがいない。
馬に乗ったときの背に感じた温かな感触、安心感。それが今はない。もしかしたら……ずっとないかもしれない。
アンジェリークはきゅっと唇を噛んだ。
(だめ、私まで民から影響を受けている!)
わかっている。何故なら、聖地や飛空都市とは異なり、この地には光の力がない。どんどん人の心からより良く生きていくことへの欲求を削いでいく。それは遊星盤から見ただけでは実感しえなかったこと。
椅子に小さくなって座り込むルーグの肩に手を添え、アンジェリークは微笑んだ。
「大丈夫。ルゥにはジュリアスがついているんだもの」
皺と涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、ルーグは黙ったまま何度も頷いた。
「じゃあ、私も準備して馬場に行きますね!」
にっこり笑ってそう言い残すとアンジェリークは神官の部屋を出て自室に戻った。ドアを閉める。それと同時にアンジェリークはずるずると床にしゃがみ込んだ。
今ごろ体が震えている。恐さと心細さがない交ぜになって涙が出そうだ。 だがあのように気弱になっているルーグ−−民の前で泣くわけにはいかない。
ジュリアス……こんなときにいてくれたら……。
はっとしてアンジェリークは頭を横に振った。
また弱気になっている。
潤んだ目を手の甲でぐいと拭い、アンジェリークは馬に乗ることのできる服装に着替えようとクロークの取っ手を握った。
そのとき。
馬の嘶き!
それと共に神官の館の外が騒がしくなった。
「ジュリアス!」
窓を開け放って笑顔で叫んだアンジェリークが見たものは、疲労困憊した様子で馬から降ろされるルゥただひとりだった。そして馬はジュリアスと共に乗ったアウロラだ。だがそのアウロラも泡を吹いて興奮してしまって、数人の男たちによってようやく押さえられた。
ルゥの上半身裸で泥や草や葉がついているのが見える。だがそれよりも、アンジェリークの目を釘付けにしたものがあった。
ルゥの両手。それは真っ赤に染まっていた。見ればあちらこちらに赤いものが付いている。
そして……ジュリアスがいない。
声もかけていないのに、まるでアンジェリークの内なる叫びを聞いたかのように、大人たちに支えられながらルゥが顔をあげてアンジェリークの顔を見た。
「天使様……」
「行きます!」
それだけ言うとアンジェリークは窓を閉めて行こうとした。
「天使様、ジュリアスを助けてよ!」
追いすがるように背から声がした。 その言葉にアンジェリークは、凍りついたようにその場に立ちつくした。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月