Holy and Bright
そうして今、ルヴァとパスハはアンジェリークの乗る遊星盤の後を追っている。最後にジュリアスと行動を共にしたということで、ルゥが同乗することになった。育成先の民が、この聖地の、それもごく限られた者−−今ならば女王候補二人、あるいは彼女たちの育成している地を見がてら守護聖たちが使う以外は使用が許されていない遊星盤に乗るということはおおよそ考えられないことだったが、状況が状況なのでルヴァが認めた。
「しかし、あのルゥという子……大丈夫ですかねぇ、遊星盤に乗るだけでもこの地の民には信じられないことでしょうに、あんな速さで……」
ルヴァの言うとおり、ルゥは遊星盤が浮き上がったときに悲鳴をあげた。物は知っている。これで天使様が乗ってくることも知っている。しかし、円盤状のものがふわりと浮いて、空を飛ぶ。しかも……壁がない! 周囲すべてが見えてしまい、落ちるのではないかとルゥはアンジェリークにしがみついてガクガクと震えていた。
「透明の障壁でくるんであるから大丈夫よ」
アンジェリークはそう言うと苦笑した。
「……でも、私も最初は恐くて恐くてたまらなかったわ」
そう言って、泣きそうになっているルゥを励ましつつアンジェリークは神経を集中させた。
遊星盤には操縦桿のようなものは存在しない。それは操縦者−−アンジェリークが思う所へ飛ぶ。それだけに思う者の心に揺らぎがあると、遊星盤自体もふらふらとした飛び方になる。以前は苦手だった。遊星盤はその心を映し、がたがたと揺れて頼りなく飛んだ。
だが今はそれどころではない。
「近くに小さな泉のある……そこは少し樹々がなくて開けていました。そして、細い山道を間にして、反対側に崖があって……」
懸命にルゥは現場の特徴を言う。けれどそのような風景は覆い茂る樹々の枝葉に邪魔され、なかなか見つけることができない。先ほどからそれらしき物を見つけては急降下を繰り返すがいずれも違っていて、アンジェリークは焦っていた。
本当は馬で元来た道をたどれば早いのだが、ルゥ自身、どうやって戻れたのか覚えていない。しかもアウロラは今使い物にならないし、後の馬は民たちが樹々の間引きをしたり、避難したりする際使用している。第一、たどり着けたとしてもそれでは時間がかかり過ぎるし、火事が発生しているとなると巻き込まれるかもしれない。崖下に倒れているジュリアスを救うにしても遊星盤が最も機動力があるとアンジェリークは思ったのだった。
それともうひとつ。
「……あ」
アンジェリークと、涙目になりつつ森の中を目をこらして見ているルゥは、大陸エリューシオンに横たわる森の奥からもうもうと立ちのぼる煙らしきものを見た。その中に、赤い色合いも見える。
「天使様……まさかあれ……!」
そう叫ぶとルゥは、空の上を飛ぶ恐怖も忘れ、備え付けられた柵を掴んだ。
アンジェリークは遊星盤を一気に上昇させる。そして、エリューシオンの大方を覆う森の全体を見渡した。
半分はすでに燃え尽きていた。
「やはり……」
呟く自分自身の言葉に、アンジェリークは震えた。
燃えている。それどころか、ちょろちょろと見える橙色の舌は、残り半分も舐めつくそうとしていた。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月