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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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Holy and Bright

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◆2

 アンジェリークは遊星盤を静止させた。
 「天使様……?」
 空を飛ぶ経験すらないところに加え、猛スピードで飛んでいるためにかなりくらくらしていたルゥだったが、山火事を見つけた瞬間、そのいわば乗り物酔いのような気分も吹っ飛んだ。これから気合いを入れてジュリアスを探さなければならないと思って柵を握りしめたところだった。
 「ルゥ」
 アンジェリークはそう呼んでルゥの手を引き、遊星盤の壁の中で唯一透明でない箇所の前に座らせた。そして軽くボタンのようなものに触れた。とたんにルゥは体を固定させられた。
 「わっ!」
 くすっと笑ってアンジェリークは屈んでルゥに視線を合わし、言った。
 「少し我慢をしていてね。これからちょっと無茶をするから」
 「え、天使様、どうするつも……」
 アンジェリークが立ち上がった。とたんに、遊星盤の上を一気に風が吹き込んで−−
 違う。
 ルゥはハッとして遊星盤を見回した。
 アンジェリークが言っていた“透明の障壁”が取り払われたのだ。本当に素のままの、空の中にいる。
 「天使様、危ないよっ!」
 ルゥが絶叫した。
 その声は通信機器を通じてルヴァとパスハにも届いていた。
 「な……何をするつもりだっ!」
 パスハの怒号もきっと同じく通信機器を通じてあちらの遊星盤に響いているに違いない。アンジェリークがルヴァとパスハのほうに向かって微かに笑ってみせた。
 そして背を向ける。
 「いいですか、パスハ、絶対に振り切られてはいけませんよ!」
 ルヴァが鋭く叫んだ。
 「はっ!」
 パスハが返事する間もなく、前で遊星盤が再び恐ろしいスピードで走り出した。


 ものすごい風圧だ。だが、アンジェリークはもろともせずに目と耳に神経を集中させた。守護聖にサクリアが存在する限り、アンジェリークはそれを見つける自信があった。それは飛空都市にいる間に、少しずつ感覚として掴むことができつつあった。またロザリアも同様で、二人で部屋で話しているときに誰か近づいてくる足音が聞こえてくると、二人で守護聖の誰が来たかと当て合いすることもあった。
 だから、障壁をなくし、自らを直接空気の中に放り込むことによってたとえ微弱なものであっても感じ取れないかと思ったのだ。ここにルゥがいる限り……光の力を望む、新しい神官がいる限り。
 だが、光のサクリアは……。
 やはり、感じられない。まさかもう。
 アンジェリークは唇を噛んだ。また光の力のないこの大陸に負けそうになった。
 光の力。
 この地にないと言うのなら……!
 アンジェリークは柵に手をかけると、そこに体重をかけた。
 「やめて……やめてよぉ、天使様!」
 泣きながらルゥが叫んでいる。無理もない、アンジェリークの体の半分はもう遊星盤からはみ出してしまっている。
 だがアンジェリークは頓着しなかった。
 目の下を走るように流れていく森の風景を見据え、アンジェリークは叫んだ。
 「ジュリアス!」
 柵に片腕を引っかけただけの格好でアンジェリークは森の上を滑る。
 「ジュリアス! 応えなさい!」
 けれど風のごうごうと流れていく音しか聞こえない。なおもアンジェリークは叫び続けた。
 「いるのでしょう? いるのなら力をもって応えなさい!」
 そしてアンジェリークは目を閉じた。
 「光の守護聖ジュリアス! 私のエリューシオンに光の力を!」
 ルゥは泣き止み、目を見開いた。
 天使様は今、なんて言った?
 “光の守護聖ジュリアス”って言った?
 問いかけようとするルゥの目に、風に流れるアンジェリークの髪……きらきら光るので彼女の金の髪だと思っていたそれ……翼が映った。


 体が跳ねた。
 跳ねてジュリアスは目覚めた。とたんに足に激痛が襲う。
 「く……」
 呻きながらもジュリアスは、自分がまだ痛みを感じる……まだ生きていることに気付いた。まだ生きている、だなんて、我ながら後ろ向きな考えを……。
 苦笑するジュリアスの頭に、いきなり甲高い声が響いた。
 『……、応えなさい!』
 「な……何だ?」
 『いる……? ……力をもって……!』
 この声……まさか……。
 ジュリアスは思わず目を大きく見開いて空のある方向を見た。相変わらず樹々の枝葉が視界を邪魔する。だが。
 『光の守護聖ジュリアス! 私のエリューシオンに光の力を!』
 はっきり聞こえた。いや、聞こえたというよりは、頭中、体中を駆け巡った。
 とたんに右腕が自然と持ち上がった。
 熱い。
 冷え切った体の温度が一気に上昇する。この感覚を、ジュリアスは覚えている。
 サクリア−−体の裡<うち>に存在していることを感じる。
 願っているのか……? 私の力を?
 民が、この地が、そして。
 「……アンジェリーク……!」
 口に出してジュリアスはその名を呼んだ。


 聞いたことがある。エリューシオンがとんでもない危機に見舞われたとき、天使様は翼を広げて何を為すべきか方向を示してくださったことがある、と。決して直接手は下されることはない。だが、応援してくれると。
 やがて翼は遊星盤いっぱいに広がった。もちろんそれはルゥの体もくるんではいたが、まったく圧迫感は感じなかった。なのに、頬をかすめるそれはひどく優しい。ルゥはもう胸がいっぱいになって口を利くことができなかった。
 目の前で、天使様−−アンジェリークは叫び続けている。
 「ジュリアス! 光の力でエリューシオンを満たして!」


 指先に力が宿る。充満して、今にも爆発しそうだ。
 声が再び響いた。
 『ジュリアス! 光の力でエリューシオンを満たして!』
 そのとたん、ジュリアスの右手からすさまじい量の光が空をめがけ、樹々の中を貫きながら迸<ほとばし>った。

作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月