Holy and Bright
……あれ、何だか暖かいものが消えちゃった……。
ぼんやりとアンジェリークは掌の空虚を無意識に掴んだ。
消えちゃった……。
だが、次にはまた暖かな気配が近づいた。重い瞼を引き上げてアンジェリークは、細い隙間からジュリアスの目を見た。
それはとても近い位置にあった。
蒼いなぁ。
綺麗だなぁ。
何故そこにあるのかということも思い至ることができないまま、アンジェリークはまた瞼を降ろした。
微かに鼻先で空気が動いたかと思うと、一瞬、唇を何か柔らかなものがかすめていったような気がした。
え……?
思わず再度瞼を開こうとしたときにはもう、別の感覚があった。髪に触れられている。そのうち、少しだけ髪を引かれたように思い、何とか薄目を開いてみる。
ジュリアスが、自分の髪に口づけているのが見えた。
……まさか、ね……。
夢……よね。さっきあんなことしちゃったから……。
「……感謝する」
シールドを貼り替え、薬を飲ませたからにしろ、そう言われてアンジェリークは胸を抉られたかのような痛みを覚えた。
アンジェリークは閉じられた瞼の向こうの蒼い瞳がとても恋しくなっていた。もっと見ていたかった。以前はあれほど恐れたあの瞳。でももうそれは優しく清いものだと知った今、少しでも長く見つめていたかった。けれど、この状況ではそのようなことは言っていられない。だからせめてもの、と思う気持ちが表に出て瞼に口づけた。そして、ただの挨拶にしてはおかしいと思われる前に、冗談めかしてごまかした。
なのに感謝する、と言われた。
どうしよう。
安心しきったようにあっという間に寝息をたてているジュリアスの顔を見つめ、アンジェリークは困惑した。
どうしよう、私。
昨日までもっとも恐れ、嫌っていた人を。
あんなに残酷な目に遭わせた人を。
この一週間が過ぎたら……お別れしなければならない人を。
そう思ったらたまらなくなってアンジェリークは、ジュリアスの枕元で屈むと、ジュリアスの唇に口づけていた。
唇を離すとアンジェリークは愛おしさが一気にあふれてくる気がした。そしてそんなアンジェリークの思いも気づかず眠るジュリアスの足元を見る。さっきシールドをはずしたときに改めてアンジェリークはその傷の酷さに胸を痛めていた。ルヴァが言うのには、傷自体はそれほど深く重いものではないとのことだったが、それでもやはり、ジュリアスを苛む傷だ。
治したい。
足元へ移動するとアンジェリークはベッド際の床にぺたんと座り込んだ。負傷した箇所のあたりだけシーツを捲り、先程触れたジュリアスの足に再び触れる。もちろん治すことなどできないだろうが−−傷には直接触れぬよう留意しつつ、癒したいと念じ続けた。
それにしても……本当に私って最っ低。
今ごろになってこんなにこの人のことを好きになるなんて。
でもこれは、私の片思いに終わってしまう……エリューシオンから出たとたん。
それならせめて良い印象を残したい。きちんと看病して治ってもらわなくちゃ。
そう思って懸命に念じていた。続けなきゃ。
……ああでもどうしたんだろう……とても……眠い……。
遊星盤でアクロバット飛行したせいかなぁ……なぁんて。きっと、ルヴァ様の言いつけを守れたから気が抜けたんだわ……情けない…………
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月