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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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Holy and Bright

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◆2

 ジュリアスはようやく湯の出るシャワーにありつけた。さっき蛇口を捻ったところ、水滴しか出てこなかった。どうやらアンジェリークが先に使っていたようだ。
 今日はともかく、いつもならジュリアスのほうが先に使える。というのも、アンジェリークは自分がシャワーに長く時間をかけるため、ジュリアスに先に使うよう言っていたのだ。水量が少ないのか、くみ上げる力が弱いのか、どちらかがシャワーを使っていると、どちらかは使えない。初日は驚いたが、もう慣れた。だが、慣れたころにはもうエリューシオンから発つことになる。
 ジュリアスは、ころんと小さくなった石鹸を掌に取ると、それを泡立てた。良い香りだ。それに滑らかな泡が立つ。
 さすがオリヴィエ、伊達に美を語ってはおらぬな。
 くす、と笑うとジュリアスは、この石鹸をアンジェリークから押し付けられた時を思い出す。


 アンジェリークの言う“奇跡的にジュリアスの足から傷が消えた”朝、彼女は新しく神官となったルウや、その後見人である祖父のルーグと共に、燃えてしまった森の入口まで視察へ行くことになっていた。そこでジュリアスも、もう治ったのだから同行すると言った。
 そのとたん、アンジェリークの眉が吊り上がった。
 「だめです。傷が治ったって、出血は多かったんですよ? あんなに大怪我した日の翌日からいきなりもう歩き回るなんてとんでもない! 冗談、しないでください!」
 「だがおまえが視察に行くのであれば、当然」
 「だ・め・で・す!」
 きっぱり言うとアンジェリークはジュリアスの肩をベッドに押さえつけた。
 「では、私からの命令です」眉を吊り上げたままアンジェリークは言う。「今日一日は絶対ベッドから出ちゃだめです」
 「……なっ!」
 「それで具合が良ければ、明日から同行を許可します」
  にっこり笑うとアンジェリークは部屋から出ていった。
 しかし、ずっと寝ているのも退屈なので、とりあえずシャワーを浴びてみることにした。自前の石鹸を持っていないジュリアスは、ごくごく自然に備え付けの石鹸を使ったのだが、それがいけなかった。
 頬と鼻先に粉が吹いた。手の甲も足もがさがさになった。
 「な、なんですかっ! こんなに肌が乾燥しちゃって!」
 視察から速攻で帰ってきたアンジェリークは、ジュリアスの顔を見るなり叫ぶと、自分の部屋に取って返した。そしてオリヴィエからもらったというソープセットとオスカーからの小剣を持ってきて、セットの中から石鹸をがり、と切るとその半分を差し出した。
 「はい、今日からはこれを使ってください」
 「あ……ああ」
 「ジュリアス……私とおそろいになりますね!」
 そのときの、アンジェリークの満面の笑顔を思い出してジュリアスは苦笑する。
  あの娘……軽く言ってくれたな。それがどんな威力をもって私に響いたかも知らず。
 ……まったく……自覚のない天使だ。
 傷を消したのもおまえなら、とんでもないものまで私の心に植え付けたのもおまえなのに。


 その、アンジェリークが視察に出かけていた時、ジュリアスは件の、銀のボタン以外での通信装置を起動させた。
 クラヴィスが出ずに、いきなりディアが出てきてジュリアスは少し驚いた。だがそれは、ある意味予測できていた。
 「……どうやら、元気になられたようですね」
 彼女は微かに笑っていた。
 やはり。ジュリアスは苦笑してディアに頭を垂れた。
 「お見通し……というわけか」
 「陛下は感動されていましたわ。エリューシオンから……それはもう強力な女王のサクリアが放出されていると」
 やはり、な。
 「陛下にはご心配をお掛けした。くれぐれもよろしく伝えてくれ。私は……」ジュリアスは微かに表情を強ばらせて続ける。「次期女王を盛り立てていく」
 ディアがジュリアスの表情の変化に気づいたかどうかわからない。だが、微笑むと言った。
 「……エリューシオンから戻られたら、たぶんすぐに即位してもらうことになると思います。先ほどロザリアにも話をしました。アンジェリークさえ良ければ、補佐官として任についてくれるそうです」
 「そうか……」
 アンジェリークは、自分以外の者−−対抗相手であるロザリアからも慕われていた。当然といえば当然だが、共に盛り立てる友人がいることをジュリアスも嬉しく思った。
 「では、アンジェリークをよろしくお願いしますね、ジュリアス」
 「……承知した」
 ディアの姿が消える。その残像をまだ眺めているかのように、ジュリアスは呆然としてその場に佇んでいた。

作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月