Holy and Bright
そして、翌日からは“お許し”が出て、ジュリアスはアンジェリークと共に視察に出かけたり、神官のルゥやルーグと話をしたり、民たちとも話をしたりした。
アウロラに乗って森へも行くが、焼け焦げた場所を見るのが辛いのではないかとジュリアスが問うと、アンジェリークは首を振り、きちんと見ておかなくては、と言って笑った。無理矢理笑っていることは、ジュリアスにもわかっていた。だから、アンジェリークの希望で、マルセルからもらった花の種を森の入口に植えたいと言ったとき、ジュリアスは快諾した。ルゥとルーグは「大切に育てます!」と嬉しそうに何度も礼を言っていた。
また、ランディからのフリスビーでルゥとアンジェリークが遊んでいると、他の子どもたちがうらやましそうに遠巻きに見に来ていたので、声を掛けて共に遊んだりもした。フリスビーは子どもたちに贈られた。そして、ルゥ自身には、扱いに気をつけてね、とアンジェリークがこっそり、オスカーからの小剣をルゥに渡したことを、ジュリアスは後でルゥから聞いた。ジュリアスが聞いたら反対されるかもしれない、と思ったのだろうが、ジュリアスは苦笑してルゥに気をつけるよう、念を押した。というのも、ジュリアスの傷を縛るためにナイフを出して自分の服を切ったときのどさくさで、ルゥがそれをなくしてしまったことを知っていたからだった。
けれど、ゼフェルのロボットについては、やはりアンジェリークが持っていた。それはまだエリューシオンの民たちに見せるのは早いとジュリアスが止めたからだ。あまりにも科学の進み具合が異なると混乱をきたす元になると。
そのジュリアスも、ルヴァからの茶葉でもてなしを受け、アンジェリークといろいろ話をした。ただし、たいていはエリューシオンのこれからに終始し、話が終わると神官の庭に立ち、ジュリアスが光の力をこの地に授けるのが日課だった。
夜にはリュミエールからのハーブティを、アンジェリークがジュリアスの部屋に持ってやってくる。天使様たるもの、伴の者の部屋へ夜に来るのはやめてくれと言ってみたが、アンジェリークは頑としてジュリアスの言葉を聞き入れなかった。
「……本当は……ジュリアスはまだ寝ていても良いぐらいだと思うんですよ、私は」
すっきりするという効用のあるハーブティを出しながら、アンジェリークは言う。
「私がいると迷惑……ですか? 眠れないなら、クラヴィス様からいただいた蝋燭も持ってきましょうか?」
上目遣いに憂いのあるまなざしで言われてはジュリアスもむげにはできなかった。迷惑であるはずがない。彼女に見守られながら眠るのは、決して悪くはない……むしろ楽しみになってしまっている。決して口には出さないけれど。
実際、確かに出血は多かったせいもあり、まだ絶好調といえる体力ではない。ましてや、日中はそれなりに外に出ていることも多いので、夜は早めに眠ることはできる。だからアンジェリークの行為は悪くない。
悪くはないが……場所が悪い。
アンジェリークがベッド際の床に座って眠り込んでいたときも、ジュリアスにはかなりの葛藤があった。一番良いことは、向かいの部屋へ連れて行き、シーツをかけて休ませることだ。だが、薬が効いていたのは本当の話で、アンジェリークの体を抱きかかえても、落としたりしたら大変だと思った。かと言って、もちろんこのままにしておいて良いはずがない。
しかし、まことしやかに導かれた結論は、ジュリアスにとっては責め苦に匹敵した。華奢な体の彼女をベッドに引き上げるぐらいは、痛み止めが思い切り効いている体でも造作なかった。だが問題はそれからだ。手を伸ばせばすぐそこに彼女がいる。しかも、睫の動きが完全に止まった−−熟睡していることはわかっている。
先程の微かな口づけは、自分の中に湧き起こった甘やかな想いを払拭するためのものだった。そして、戒めの意味も込めて彼女に忠誠を誓った。なのに、その舌の根も乾かぬうちに……その体を組み敷いてしまえるほどの位置に−−彼女は、いる。
だが、幸いか災いかはともかく、強力な痛み止めの薬を飲んでいたことは事実だった。小さな頭を腕に乗せるぐらいで接触は済み、ジュリアスもそのまま眠ってしまった……翌朝、アンジェリークが隣で悲鳴に近い声を上げるまでは。狼狽して「何もしていない」と叫んだのは失態だった。もっとも、その悲鳴の原因はジュリアスの奥底にある欲望に感づいたのではなく、自分が治したと自覚していない傷の消失によるものだったが。それでも、事情を説明したとき、自分のことをじっと見つめるアンジェリークのまなざしには参った。何もかも見透かされているような気がして、できる限り表情を変えぬよう留意したものの、内心どっと冷や汗をかいていた。
そして、とりあえずその場は収まった。
しかしそれから毎夜、アンジェリークはジュリアスの寝室にやってくる。寝るのを見届けると彼女は言う。しかし、アンジェリークはわかっていない。もしもわかってしまったら……ここへはもう来ないだろう。
ただ単に、同じ石鹸を使っているということだけでなく、ベッド際、その手を引いて体ごと香りを移してしまいたいと思っている……などと。
……私としたことが。
ジュリアスは頭から湯をかぶった。髪から雫が滴り、アンジェリークと同じ香りの泡も流れていく。
愚かなことだ。
あの聖なる眩い翼……この手でむしり取るつもりなど毛頭ない。
第一、むしり取れるはずなどない。
明日、彼女は女王になるのだから。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月