Holy and Bright
今夜で終わり……か。
シャワーを終えてジュリアスは、バスローブをはおり、タオルで濡れた髪の水分を取りながら嘆息した。
自分でもおかしなぐらい気落ちしている。
このエリューシオンに来るまでは、明らかに自分に好意を持っていないことがわかる女王候補との二人だけの出張試験に、女王からの命とはいえ気が重かったが、今は全くそのようなことはない。それどころか−−
いや。
別の意味で気が重い。
飛空都市ではそれほど時間が経っていない。この、エリューシオンの一週間も、あちらではせいぜい一日経つかどうかといったところだ。だから首座の守護聖の執務に差し障りなど、ほとんどないに等しいだろう。けれどジュリアスは本来、エリューシオンだけでなく、宇宙に光の力を授ける光の守護聖であり、アンジェリークは、もはやエリューシオンの“天使様”のみならず……明日の朝、ここを発ち飛空都市に着いたら……宇宙を統べる女王となる。ジュリアスの、ささやかな楽しみ−−就寝前のアンジェリークとの語らいと、彼女から与えられるお休みの挨拶代わりの額や瞼への口づけ−−は今晩きりとなる。
……そういえば。
ジュリアスは時計を見た。民たちによる送別会があったことで時間はかなり遅くなっている。たぶんそのせいもあって、ふだんならジュリアスの後にシャワーを使うことにしてくれているアンジェリークも先に浴びていたはずだろうに、まだ部屋へ来ない。
私がシャワーを使っていると思って遠慮しているのだろうか。そう思ってしまってからジュリアスは苦笑した。
私の……男の部屋へ夜に来るなと言っておきながら、何を心待ちにしている。もう遅い。来ないかもしれないではないか。
そう自分に言い聞かせると、何とはなしに寂しい気持ちになった。
最後の夜だ。
何か、言っておくことはないか。よくがんばった、とか、嫌な思いをさせて済まなかった、とか、看病してくれたことへの感謝とか、嫌われずに済んで良かった……とか。
……それだけではないだろうに。
そこでジュリアスは思考を無理矢理寸断させた。これ以上彼女について考えるのは危険だ。そう、今、ここで終了すべきだ。湧き上がる愛情を忠誠心に変換させなければならない。それはたぶん困難を極めることになるだろうが−−。
愛情、か。
クロークから寝間着を出すとジュリアスは、バスローブのひもを解こうと緩めた。
愛情、だな。どうしようもないほどの。
その時だった。
どすん、という重く大きな音が辺りに響いた。
ハッとしてジュリアスはドアの方を見た。シャワーを使っているかどうかすら水音でわかるほどの薄い壁だ。その音がどこから発せられたのか、ジュリアスにはすぐわかった。
「……アンジェリーク!」
小さく叫ぶとジュリアスはすばやく身を翻した。そしてドアを開き、向かい側のドア−−アンジェリークの部屋のドアを開く。
部屋に入ったジュリアスは、さっとあたりを見渡しながら様子をうかがい、やがて凍りついたようにベッドの上を凝視した。
そこには、シーツを被ってうつ伏せになり、手をだらりとベッド際の小机あたりに伸ばすように突き出したまま……眠っているというよりは、明らかに気絶してしまっているらしいアンジェリークが横たわっていた。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月