Holy and Bright
◆9
あまりにも悲しいと、むしろ涙はもう出てこないものだ。
まあ、初恋が実ることはないとはよく聞かされてはいたが、こうも無惨に砕けるとは思わなかった。しかもそれはすべて自分の手で次から次へと壊していってしまったようなものだ。
決して素早くはないが、淡々とアンジェリークは帰り支度を調えた。昨夜のうちにもう鞄にほとんど荷物を詰めた後であり、せいぜい散らかしたままになっているものを片付け、真っ裸の自分に着せる服を用意するだけなので、それはあっさりと済むはずだった。
その途中でアンジェリークは、水差しに突っ込まれたままの蝋燭数本を見て苦笑した。
「ひっどい消し方……」
そう言葉に出して言ったとたん、もう出ないと思った涙がこぼれた。
自分を、女王という者にしか見ていなくても、アンジェリークはジュリアスを嫌うことなどできはしない。言ってはいけないことだが、光の力が失われるからなどということは、この際どうでも良い。何にしても彼は必死で“昏倒”していた自分を救ってくれて、蝋燭の香りの染みついた体を洗い、寝ずに見守ってくれたのだ。
……あれ?
はたとアンジェリークは気づいた。
ちょっと待ってよ。じゃあ、あの笑みは結局何を意味していたんだろう。私に、あなたが次期女王になると告げた後も時々見せていたあの儚い微笑み。
あの人、意味もなく、あんなあやふやな笑顔を見せる人じゃない。すべてを決済し、前に進んでいく光の守護聖……そう、いつも白黒はっきりさせる人だもの。なのにあのとき、くるくると表情が変わって……自分ではたぶん気づいてないだろうけど、私は確信してる。
ジュリアス……迷ってる。
でも、何を?
そこまで思ったところで、アンジェリークは開けたままのクロークに付いた鏡に映る自分の姿にぎょっとした。
(ちょっと……私ってば、いつまで真っ裸なのよー!)
思い煩うより先に、とにかく衣服を身につけなければ、とアンジェリークはバタバタと今、着る服の算段を始めた。帰ったらきっと女王陛下の謁見があるに違いない。
私が女王になるなんて今だに信じられない。とにかく話を聞いてから。そして私も正直にお話しよう。いかに私が“向いてない”かを。
……あんまりくだけた格好も良くないし……。
そこでアンジェリークはエリューシオンに来て初日の歓迎式典で着たワンピースを手に取った。ファスナーが途中でひっかかって、いきなり部屋に入ってきたジュリアスに上げてもらったものだ。
「あはは……」
思わずアンジェリークは声を出して笑った。あのときも相当恥ずかしかったけど、今となっては可愛い思い出よね……もう私ってば、全部ジュリアスに見られちゃって−−
また悲しくなりそうになった。
さ、着替えよ……。
「……あっ!」
今ごろになって気づいた。
そういえば“あれ”がない。
……どこ?
どこへやった?
アンジェリークは、慌ててベッドの辺りに駆け寄った。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月