Holy and Bright
◆10
まろやかな白さと美しい織り、そして光沢のある絹のショーツを前に、二人ともまるで、時も呼吸も脈拍すらも止まってしまったような気がした。
何か言わなければ、とジュリアスは思った。もう裸のアンジェリークを見慣れた−−決して見飽きたわけではない−−のだから、下着を見たところで何も狼狽えることはない。けれどジュリアスは、一足飛びに彼女の裸体を見てしまっていたので、こちらの方には全く免疫のなかったことが災いした。目の前の、シーツをまとったアンジェリークは凍りついたように立ちつくしている。エリューシオン来訪初日にも同じようなことがあったが、あのときアンジェリークはこれをジュリアスからひったくるようにして奪った。裸を見られるのとはまた異なる恥ずかしさがアンジェリークにも、そして見せられるジュリアスにもあった。
そして、この沈黙を破ったのはアンジェリークの方だった。
「ぷっ」
吹き出したのを合図に、アンジェリークは片方の手で体に巻きつけたシーツを押さえながら、空いているもう片方の手でジュリアスを指さした。
「ジュ……ジュリアスの顔ってば! やだ、もう……、可笑しい!」
腹を抱えて笑い出したアンジェリークに、思わずジュリアスもつられそうになった。だがそのとき、屈むようにして笑う彼女の白いうなじが見えた。それは微かに震えている。
違う。
ジュリアスはショーツを持った手を下ろすと、笑うアンジェリークを見つめた。
笑い声が妙に甲高い。そして、うなじの震えが大きくなっている。そこに緊張したような筋がくっきりと浮き上がって見える。
違う。
可笑しくない。彼女は笑ってなどいない。
それどころか、感情を抑えられずにいる−−まるで張りつめた糸のような、それを。
……切れる!
瞬間、ジュリアスはアンジェリークの体を抱いた。それは、笑い声が悲鳴に近い号泣に変わったのとほぼ同時だった。
腕の中でアンジェリークは激しく抵抗した。
「やめてください、もう……! 優しくしないで! もう嫌! 私って本当に最っ低……!」
だがアンジェリークがいくら抵抗したところで、所詮敵う相手ではない。もがくうちに、シーツがまたずり落ちて再び裸になってしまってももう、ジュリアスは頓着することなくアンジェリークを抱き締め、髪を撫で、背をさすった。
「笑い飛ばすか、怒ってくれた方がよっぽどいい……!」
胸の中で泣きながらアンジェリークは叫び散らしている。
「馬鹿だとか、愚かだとか、女王候補失格だとか、もう何でもいいから……!」
それでもなだめるように抱くジュリアスに、アンジェリークはふと動きを止めた。
「……それとも」
アンジェリークは、打って変わって虚ろな表情になった。
「こうやって……優しくしてくれるのも……やっぱり、私が女王になるから……ですか?」
そう言ったとたん、ジュリアスが抱いた腕の片方を解いたので、アンジェリークはもう片方の手を突き放すと自分で自分の体を抱き、ギュッと目を閉じた。
……私を責めることによって、自分に対し怒るよう仕向けている。
それが証拠に、ジュリアスは一瞬カッとした。そう、ある意味本当のことでもあった。都合の悪いことを言い当てられるとむしろ腹立たしくなるからだ。
だが、それは唯一の真実ではない。
ジュリアスはすっと身を屈ませると、自分の肩をアンジェリークの腹に軽く突き当てた。声を上げる間もなくアンジェリークはジュリアスの肩に身を乗せられていた。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月