Holy and Bright
廊下に人影のないことを確認するとジュリアスは、アンジェリークに目配せした。シーツを肩から掛けたアンジェリークは必死で自分の部屋へ戻ると、服の用意を始めた。外のざわめきがかなり大きくなっている。パスハもきっとじりじりとした思いで待っていることだろう。
「あの……あんまり見ないで欲しいんですけど……」
「ああ……すまない、つい」
ジュリアスはアンジェリークが件のショーツを身につけたところで、窓際の椅子に座ると外に自らの視線を追いやった。
「……つい、って」
「いや、そのような小さな布きれで覆えるものなのかと……」
初日にそれに触れたとき思った疑問をするりと口にしてしまってから、ジュリアスは頬を紅潮させ、黙った。その様子がおかしくて、アンジェリークはくすくすと笑いながら他のものを身につけ、先程用意していたワンピースを着てファスナーを上げようとしたところで、その手を止めた。
「ジュリアス」
「何だ」
窓を見たままジュリアスが返事した。
「ファスナー……上げてくれますか?」
そう言うとアンジェリークはジュリアスに背中を向け、髪をかき上げた。
白いうなじ、そして背には赤い痕が見えた。むしり取ることのできなかった翼に、どうしようもない愛惜の想いをぶつけるかのように付けた痕がある。そして、白いうなじは、今では堂々とその美しさをジュリアスに見せつけている。
「このような見せられ方なら良い」
わざとぶっきらぼうに言うとジュリアスは、その口調とは裏腹な柔らかさでうなじに口づけ、アンジェリークの肩に手を置いてファスナーを引き上げた。 痕が見えなくなった。熱はしばらくの間、収められる。ただしそれはたぶん……ほんの少しの間だけだろうけれど。
そのままアンジェリークは部屋のドアへ向かい、それを開けると振り返って言った。
「私……女王になります」
同じくドアの方へ歩み寄り、アンジェリークの頬に手をやってジュリアスは頷いた。
「だから、助けてくださいね」
「もちろんだ」
「物知らずですから、いろいろ教えてくださいね」
「ああ」
「それから……」
その言葉を遮るようにジュリアスは、頬に添えた指をすっとその唇に滑らせた。
「それ以上は言うな。おまえが言葉にすると……今すぐ欲しくなる」
指の腹でゆっくりと愛でるように撫でた後、ジュリアスは自分の唇でアンジェリークの唇の間を割り込み、深く口づけた。だがそれは、湯船の中のものとは違う。たどたどしいものの、今度はアンジェリーク自身の唇もジュリアスに応えようと動いた。
名残を惜しみつつ離れると、ジュリアスは息を呑んだ。
そこには、満面の笑顔があった。
他には与えられても、自分には決して与えられることのなかった−−向けられることはないと思っていた笑顔が、今はただ、ジュリアスのためだけに目の前で輝いていた。
--- chapter 5 了
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月