Holy and Bright
epilogue
◆1
「ジュリアス様、いかがですか、馬場の様子は」
「うむ……なかなか立派なものだな」
ジュリアスはそう答えると手綱を引いて馬の歩みを止め、あたりを見回した。まだ高さはそれほどないが、これからぐいぐいと伸びそうな青々とした樹々の生い茂る場所を背景にその馬場は広がっている。
「ずいぶん馬も増えたな」
「はい、交配が順調に進みましたから」
「馬車も多く行き来しているようだが」
「大事な足ですからね。馬車を作っている者たちも、軽量で丈夫な物を目指して常に努力してくれています」
馬場で働く者たちが、ジュリアスと話す青年に向かい、次から次へと微笑んで会釈する。隅で元気良く走り回って遊んでいる子どもたちですらもだ。そして彼と親しく話すジュリアスを客人として同じく会釈して迎える。その様子にジュリアスは満足げに頷くと青年に言った。
「……慕われているようでなによりだ……ルゥ」
青年−−エリューシオンの神官ルゥは、ジュリアスの言葉に、まるで少年の時のようにはにかんで笑った。
「夜空はさぞや賑やかになったことだろう?」
馬場の中にある東屋の円卓を前に座り、草をはむ馬たちを眺めつつジュリアスは尋ねた。どうやら気を利かせてルゥが人払いしたらしく、あたりには二人が乗ってきた馬しかいない。
「はい……突然、天使……いえ、女王陛下がいらして、星をいっぱい増やすとおっしゃったときは驚きましたけど」
そう言いながらルゥはジュリアスに茶を勧めた。
「わざわざ光の守護聖様自らのお出向き、ありがとうございます。でも御心配には及びません。たくさんの星々を眺めるのは楽しいですから」
勧められた茶の器を手に取りジュリアスは、ふっ、と笑った。
「陛下が気にされていたのでな。本当は御自分がこちらに行くと仰っていたのを無理矢理お止めしたのだ」
ルゥもつられて笑った。
「天使様……ごめんなさい、僕、どうしても天使様って言ってしまいますが」
「ここだけなら構わん」
軽く会釈するとルゥは続けた。
「天使様は、相変わらずジュリアス様に叱られているんですね」
「女王陛下を叱るなどと人聞きの悪い」
言葉はたしなめるようではあったが、ジュリアスはまるで怒ってなどいない。むしろ可笑しそうに笑っていた。
「御注意申し上げているだけだ」
「そうですか?」
明るく笑うルゥの表情に、ジュリアスは目を細めた。
「それにしても……立派になったものだな」
「そうでしょう? 天使様のおかげでエリューシオンはジュリアス様はじめ九つの聖なる力が満ちあふれ……」
「もちろんエリューシオンもそうだが」くく、と笑ってジュリアスはルゥの言葉を遮った。「私は、おまえが立派になったと言っているのだ」
「えええ!」
とたんに顔を真っ赤にしてルゥは俯いた。
聖地のある主星を含めた旧宇宙の星々を、このエリューシオンや、ロザリアの育成したフェリシアのある新宇宙へ移行し始めてからというもの、旧宇宙の民たちの間でも、エリューシオンの大神官ルゥは名君としての誉れも高く、聖地にいるジュリアスすらその名を漏れ聞くほどになりつつある。
「私たちが飛空都市に帰るとき陛下に泣いてすがっていた子どもが、こうしてすっかり大きく成長して、私と肩を並べて馬を走らせ、治めている星について語るのだからな」
「もうずいぶん前の話です、そんな……」
言いかけてルゥは口をつぐんだ。だがジュリアスは微笑んでいた。
「……おまえにとってはそうであったな」
ジュリアスにとってはしかし、それはつい先日のこととなる。あの幼い子はこうして自分と同い年ぐらいになり、そして次には。
ジュリアスは心の中で密かに嘆息する−−今は思うまい。
「……そうですね。僕も……とてもよく思い出します。だってあなた方は……」少し言い淀んでルゥは頭を下げると続けた。「女王陛下と光の守護聖様にこのようなことを申し上げるのも失礼かもしれませんが……親が生きていればこんな感じかなと思わせてくださった方々でしたから」
確かに、ルゥは両親を、生まれて間もないころに流行病で亡くしたと言っていた。祖父である前代の神官ルーグに育てられた彼にとってはそう思えたかもしれない。
「そうか」
頷くとジュリアスは続けた。
「私にしてもおまえは印象深い。光の力の存在がなかったこのエリューシオンで、唯一光の力を求め、女王陛下に光の力を思っていただけるきっかけを与えてくれた」
「そ……そんな」
頬を紅潮させてルゥは首を横に振った。
「光の力は……あのときエリューシオンにもっとも必要な力でした。与えていただけて本当に良かった。それどころか僕たちはジュリアス様が光の力を授けてくださるところも拝見できましたから……」
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月