Holy and Bright
ジュリアスとアンジェリークが、パスハや民たちの待つ神官の館の外へ向かおうとしたとき、廊下の角でルゥが立っていた。
「迎えに来てくれたのね?」
屈んで目線を合わせつつにっこりと笑いかけたアンジェリークを、ルゥはじっと見つめている。
「……はい、天使……様」
切れ切れに返事したルゥは何か考え込んでいる様子だったが、すい、と顔を上げてアンジェリークではなくジュリアスの方を見た。
「どうした?」
今度はジュリアスの顔を凝視している。いつもはきはきとした子どもだったが、とジュリアスが思ったそのとき、ルゥは堪えきれない様子で涙をこぼした。
「……このまま……お二人とも、エリューシオンにいて欲しいんですけど……そういうわけにはいかないんですよ……ね?」
「そうね……残念だけど」アンジェリークも思わず目を潤ませた。「でも……ずっと見ているからね」
ルゥはこく、と頷いた。そして二人の手を引いて、民たちの待つ場所へ連れていった。二人の姿をみとめて民たちがしん、と静まりかえる。
そしてルゥは相変わらず泣いたままだったが、それでも寂しさをこらえようとするかのように顎を引いてアンジェリークを見た。
「……天使様」
「なあに?」
「光の力を、エリューシオンにお与えください!」
「天使様の御顔は素敵でした」ルゥはそう言うと、視線を遠くの樹々に移した。「優しくて……でも威厳に満ちていて」
それはジュリアスにしても同じ感慨だった。
立ち上がってアンジェリークはルゥを見下ろすと、穏やかに微笑んで頷いた。そしてすっとジュリアスに目を合わせた。そのまなざしはもうすでに、エリューシオンの天使ということだけに止まってはいなかった。だから思わず跪いて「御意」と返事した。
そしてジュリアスは立つと、腕を振り上げた。とたんにその掌から閃光が迸る。つい数日前、この手から発せられるものは何もなかった。あのときの絶望は……否、今はもうそのようなことはない。
ルゥをはじめ、民たちは声も出せずにその様子を見つめていた。
アンジェリークは……微笑んでジュリアスを見守っていた。
「あれは……本当に素晴らしい光景でした。僕は一生忘れません。そしてエリューシオンもこうして元気になりました」
「私の力など微々たるものだが」
ジュリアスは事もなげに答えたが、内心まんざらでもなかった。必要とされることの喜びは、ジュリアスにとってはかけがえのないものだったから−−民から……そして、アンジェリークから。
「あなたの力を忘れようとしただなんて……先祖のやったこととはいえ、本当に失礼なことをしでかしたと思います。でも」
「でも?」
それには答えずルゥは、茶の入った器を見つめつつぽつりと言った。
「天使様は……お幸せですよね?」
ジュリアスは茶を飲むのを止めてルゥを見た。
「そういえば……私たちが飛空都市に帰るときも、おまえは私にそう言ったな」
「エリューシオンの民は、天使様の悲しむ御顔を見たくないので」
ルゥはそう言ってジュリアスを見た。
エリューシオンの民にとって天使様−−アンジェリークは何人にも代え難い大切な存在だ。それは光の力を忘れようとしたルゥの曾祖父レイの時代も、今ここにいるルゥの時代にも変わることはない。
彼はあの別れ際、ジュリアスに向かって言った。
『天使様を幸せにしてくれますか?』
そして、
『絶対、天使様を幸せにしてくださいね』
と。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月