Holy and Bright
◆6
「今ごろどうしてるかな、あの二人」
育成依頼に来たロザリアを捕まえて、オリヴィエが話しかけた。ロザリアは夢の守護聖の執務机にある、金細工に宝石が散りばめられた美しい意匠の置き時計をちらりと見た。
「あちらでは……ぼちぼち一日が終わろうというところですかしら」
「セオリーだと、歓迎式典をやっているだろうね」そう言うとオリヴィエはクスッと笑った。「ジュリアスはきちんとアンジェリークの脇に控えてるかねぇ? その場を仕切っちゃいないだろうねぇ?」
「ジュリアス様を伴の者にするだなんて、贅沢極まりないですわ」
「そうだねー、私もそんな楽しいこと、やってみたいよ」指先のマニキュアを窓の光にかざしながらオリヴィエは言った。「で、思い切りこき使ってやる」
「オリヴィエ様ってば」
ロザリアは呆れ顔になる。だが心の中では少しだけ頷いている自分がいるので、少々後ろめたい。
そのとき、オリヴィエがひらひらと動かしていた手を止めてロザリアのほうを見た。
「アンジェリークで、ちょっと心配なことがあるんだけどさ」
「あの子については心配だらけですわ」
こともなげにロザリアは言い放つ。
「私、冗談のつもりで言ったんだけど……」
「何をですの?」
「いや、もしもジュリアスに向かって何か偉そうにしたくなったら、こう言うといいよって」
耳を貸せ、というようにオリヴィエが指を動かしたので、執務机越しにロザリアが身を乗り出した。オリヴィエは向けられた耳に小さな声で呟くように言った。
とたん、ロザリアが真っ赤な顔になった。
「んまっ……オリヴィエ様……!」
「やだなぁ、そんな怖い顔しないで」肩をすくめ、オリヴィエは苦笑した。「意味はいろいろ取れるんだからさ」
「そ……それはそうですけど……。でも、あの子、その言葉のどの意味もまったくわかっていないと思いますわ」
「え、わかってるって言ってたよ?」
ロザリアはオリヴィエの目の前で指を振ってみせた。
「あの子ってば、調子いいんですから! そんな言葉、知らないに決まっています!」
「あ……そう……」
毒気を抜かれたようにオリヴィエは呟いた。
「帰ってきたらジュリアスに絞られそう……」
「……もう一度……言っていただけますか、アンジェリーク様」
静かにジュリアスが言う。ベッドから身を起こしたアンジェリークは、その静かさゆえに怯えつつも努力して引きつった笑顔を浮かべようとした。
「だから、私のヨトギを務めてくださいって」
ジュリアスの眉がぴくりと動く。
「“ヨトギ”……“夜伽”……ですか?」
「ヨトギはヨトギだわ」
天使様たるアンジェリークが泣き過ぎたので、目の腫れを治めるために歓迎式典は遅い時間に行われ、もう今は夜中だ。神官をはじめとする民たちによる式典は素朴な中にも終始和やかなムードで行われた。だからアンジェリークは何とか気分も晴れ、笑顔であり続けることができた。
その間、ジュリアスはずっとアンジェリークの側で黙って控えていた。神官たちが彼に対し冷たい態度を取ることを気にしつつも、実は少しだけ小気味よかった。そしてジュリアスを含め、皆から跪かれ敬われているうちに、なんとなく気が大きくなった。
そして式典後、部屋に戻ってシャワーを浴びようとオリヴィエからの贈り物であるソープセットを鞄から取り出したところで、ふとこれを渡されたときに言ったオリヴィエの言葉を思い出したのである。
「せーっかく、ジュリアスをテカにするんだからさ」
「“テカ”?」
「手下、ってことだよ。ちょいと自分の立場を認識させてやりたいときに言ってやりなよ」
そう言われて教わったのが「“ヨトギ”を務めなさい」という言葉である。聞いたときはなんとなく、知っている素振りをしてみせた。物を知らないとよくロザリアから叱られていたので、オリヴィエにまでそう思われるのが嫌だったからなのだが、本当はよくわかっていなかった。
あんな目に遭わされた腹いせのつもりも多少あった。確かに私が手間取ったのは悪いけど、着替え中の女の子の体を押さえつけて、むき出しになった背中を自分の方に向けさせるなんてあんまりだわ、と。
だから、夜に部屋に呼びつけて言うと効果的だよと教わったとおり言ってみたのだ。
……確かにオリヴィエ様の言ったとおり、ジュリアス様を困らせてはいるような気がするけど、何だかそれを通り越してしまっているような……。
手にしっかりとシーツを掴みつつ、アンジェリークはジュリアスの言葉を待った。
そのときだった。
「おじゃまします、新しいランプをお持ちしました」
「私に、アンジェリーク様の夜伽を務めよとおっしゃるのですね?」
神官仕えの女が部屋に入ってきたのと、ジュリアスがそう言ったのとは、ほぼ同時だった。
「えっ!」
思わず女は声をあげてジュリアスとアンジェリークを交互に見た。
「御前である。伺いを立ててから入らないか!」
大声ではないが、ジュリアスが女にぴしりと言った。だがたった今とんでもない事実を知ってしまった女には通じていないようだった。
「まあ……天使様、よろしいですわねぇ、こんな美しい男性と……うふふ……」
「え?」あまりに意味ありげな女の笑い方に、さすがのアンジェリークも不安になった。「あの、ヨトギって……」
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月