Holy and Bright
それから後は、まさに目の回るような忙しさだった。簡単な即位の儀をもって女王はアンジェリークにその代を譲ると、アンジェリークが旧宇宙の星々をアンジェリークやロザリアの育成する大陸を有する星のある新宇宙へと移行するのと同時進行で、虚無の空間となる旧宇宙を閉じにかかった。努力の甲斐あってそれは無事に成し遂げられ、女王は後をアンジェリークと新しい女王補佐官となったロザリアに託し、ディアと共に去っていった。
だがアンジェリークたちにはまだ、新宇宙への星々の移行が依然として残っていた。膨大な数の星々を一気に移動させることは大層難しい。守護聖たち共々まさに不眠不休の日々が数日続いた。
その間、アンジェリークは自ら遊星盤をエリューシオン、そしてフェリシアへ飛ばし、星々の移行を各々の神官に告げた。それは礼儀だと彼女は心得ていた。当時、成長してかなり大人っぽい顔立ちになりつつあったルゥは、久しぶりに天使様たるアンジェリークに再会できた嬉しさを顔一杯に表しながら、遠来の星々を喜んで迎えると大声で答えた。
一方ジュリアスも首座の守護聖として多忙きわまりない日々を過ごした。二人とも各々の務めに必死で、とてもゆっくり話をする機会などなかった。それほどにこの移行作業は困難を極めていた。
だから、パスハが謁見の間で星々の移行が全て順調に完了したと告げたとき、玉座から立ち上がってその労をねぎらおうとしたアンジェリークの体がぐらりとよろめいた。側に控えていたジュリアスの動きは早く、アンジェリークが床に突っ伏すことはなかったが、良くない顔色はすでに守護聖たちやロザリアの心配の種になっていたので、皆が一斉に駆け寄った。
「ほっとしたら気が抜けちゃった」
そう言ってジュリアスの腕の中で笑うアンジェリークに対し、盛大に大きなため息をついてジュリアスはその身を抱きかかえた。
「それはなによりです。では、安心してお休みください」
「だめよ、ジュリアス」きっぱりとアンジェリークは言う。「まだもう少し見守っていないと心配……」
「心配なのは陛下、あなたの体の方です」
他の守護聖たちが一斉に同じことを言おうとしていたのだが、より早くジュリアスがアンジェリークの言葉を遮って言い放った。
「星々の様子はこれからもずっと見守り続けなければなりません。だから今日、明日の心配のために陛下の具合が悪くなってしまっては返って」
そこまで言ってジュリアスは、はっとしてアンジェリークを見た。
「……ごめんなさい、心配かけちゃって……」
うなだれかけていたアンジェリークも、はっとしたように慌てて顔を上げてジュリアスを見た。
「はい、わかりました。じゃあ……ちょっとだけ、休ませてもらいますね」
うなだれた様子をもうジュリアスに見せたくない、という意志がそこにははっきり示されており、その健気さにジュリアスは胸がちりちりと痛むのを感じた。
「陛下……どうか無理なさらないでくださいね」
同じく駆け寄ったリュミエールが声をかけ、ランディも身を乗り出した。
「俺たちもがんばりますから……安心して! 陛下」
「はい……ありがとうございます、リュミエール様、ランディ様」
「ロザリア」
ジュリアスが呼ぶまでもなくロザリアは玉座の後ろ、女王の控えの間の扉を開いていた。
「こちらへ、ジュリアス様」
頷くとジュリアスはアンジェリークの体を抱き上げ、控えの間奥の寝室に向かうと、そこにあったベッドに彼女の体を横たえさせた。
「頼むから……せめて今夜はゆっくり休んでくれ」
側にいるロザリアには聞こえぬよう、ジュリアスは小声で囁いた。アンジェリークは微かに笑って頷いた。
そして寝室から出ようとするジュリアスを、アンジェリークは寂しそうな表情のまま黙って見送った。後ろ髪を引かれるようだ。本当は側にいたかった。だが、そうおおっぴらにできるものではない。ここはもはやエリューシオンではなく聖地であり……ジュリアスは光の守護聖で、アンジェリークは女王なのだから。
「ジュリアス様……」
寝室から出てきたジュリアスに、ロザリアが声をかけてきた。
「陛下のこと、くれぐれも……」言いかけてジュリアスはロザリアを見た。「私に何か?」
頷いてロザリアは、アンジェリークが星々の移行が始まって以来、ほとんど眠っていないことを告げた。確かに日々忙しい。だから各々少しでも睡眠の取れるときは交代で休んできた。しかし、守護聖たちはそれで済むが、女王はそういうわけにはいかない。
「それでも……休むとおっしゃって寝室にはお入りのようだったが」
「それは、守護聖の皆様方が心配するからですわ。でも……横にはなっても、星々のことが気になってとても眠れないとおっしゃって、私が気づいたときにはいつも星の間へ行ってしまわれますの」
星の間は女王が星々を眺めるための場所だ。眠らずそこに行ってしまってばかりでは体がもたない。
「何とかして少しでも眠らせてあげたいんですけど……」
物言いたげなロザリアの表情に気付かないままジュリアスも思案していたが、ふと思い立ったように顔を上げた。
「良い物がある。しばし待て」
言うなりジュリアスは、ロザリアが止めるのも聞かず行ってしまった。ロザリアは少し呆れたような表情でジュリアスの後ろ姿を見つめながら呟いた。
「……ああもう! せっかちな特効薬が行ってしまったわ……」
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月