Holy and Bright
◆5
目覚めたとき、一瞬アンジェリークは自分がどこにいるのかまるでわかっていなかった。
……あれ、前にもこんなことがあったような……。
……あのとき確か体の片方が温かったような……。
はっとしてアンジェリークは、実際に温かい“片方”を見る。以前と異なり、今度は寸分の隙間もなくぴったりと頬に温かなものが当たっている。それがジュリアスの肩と腕の間あたりだとわかるのに時間はかからなかった。
すぐ目の前にジュリアスの胸があり、薄紅色の小さな突起が規則正しく上下に動いている。それが見えるということは、部屋がそれなりに明るいということになる。そしてそこはベッドの中だった。天蓋の幕が引かれてはいるものの、窓からの光を遮り切るほどのものではない。
いつの間にか、ベッドに連れてこられていたんだわ。
そう頭の中で思った瞬間、アンジェリークは顔が一気に上気するのを感じた。
いつの間にかって……!
ベッドに連れてこられたことを覚えていない。またきっと自分は寝惚けていたんだ。どうしてこうもジュリアスの前だと眠ってばかりなのだろう……いや、前のは蝋燭のせいだったけど。
ああでも。
思い返す。眠れたんだ……私。こんなにも安心してぐっすりと。
アンジェリークは少し顎を引き上げてジュリアスの顔を見上げた。ここからだと顎から頬、長い黄金色の髪が波打っているぐらいしか見えない。そこでアンジェリークはジュリアスの顔をもっとよく見ようと、静かに体を起こそうとしたが、そのとたん、あっ、と小さく声を漏らした。
体の奥で微かに疼くような痛み。
一気にアンジェリークの中で昨夜のことが蘇った。
ジュリアスが自分の目の前で自らのトーガを解いている様子を呆然として見ていたアンジェリークは、やがて夜目にも白く浮き上がる彼の肩から、トーガがするりと降ろされた瞬間、星々について思い悩んでいたことも、寝不足による疲れも吹っ飛ばして我に返った。
考えてみれば、アンジェリークは自分が真っ裸なところを見られていたが、ジュリアスの方はまるで見ていない。せいぜい、就寝前の寝間着姿が関の山だ。それすらも、ふだんの正装姿しか知らなかったアンジェリークにしてみれば驚異的なことだった。それなのに。
しかもここは星の間。女王が星々を眺め、臨む場所だ。天井の粒は装飾であり、女王の意志によっては星の姿にも転ずる。
「ジュリ……アス、あの……ここは……」
ジュリアスの裸体に狼狽しつつそう言ってはみたが、詮無いことだった。
「……星々が見ている、とでも言いたいのか……?」
そのとおりだ。星が見ている。私を……ううん、私たちのやることを。だがジュリアスはアンジェリークを片手で抱きしめ、口づけで黙らせると、着ていた寝間着をたくし上げた。
本気だ。
……わかってる……本気なのは……嬉しい。
でも。
「きゃっ!」
思わず声をあげた。一気に寝間着が抜き取られた。そしてアンジェリークはジュリアスのトーガの布の中に放り込まれていた。
「ジュ、ジュリアス、まさか本当に」
何とかここまで言葉にできた。「ここで?」とつなぐつもりだったがそれは果たせなかった。ジュリアスが返事代わりのようにアンジェリークの片方の足の膝を掴むと、ぐいと大きく股を開かせたからだ。
まるで見せびらかすようだ。星々に……ジュリアス自身に。
慌てて膝を閉じようとしたが、すでにジュリアスが体ごと足の間に割って入ってきたせいでそれもまた果たせなかった。
その後のことは朦朧とした意識の中で幾重にも記憶が重なり、思い出すのもたどたどしい。一度きりの激しい痛みを感じるまでは、かなり……恥ずかしくなるような声をあげていたような気がする。乳房を掴まれたのは意識のある限り……正確に言えば二度目だ。でも揉みしだかれたのは初めてで、そのときに。けれどそれ以上に、ジュリアスの指が、それまでの少し強引な行動とは打って変わっておずおずと……アンジェリークの体の中へ深く差し入れられた時はとくに。
ジュリアスは喘ぐアンジェリークの顔を見ながら言った。
「……ここだけは……今、初めて触れる場所だ……」
あの蝋燭のせいでアンジェリークが“昏倒”したときですら触れなかったと。本当は触れたくてたまらなかったがやめた。触れたが最後、自身を止めることができなかっただろうし……それに。
横ではその張本人がすうすうと寝息をたてて眠っている。寝顔だけは見慣れている。エリューシオンでの滞在の間、毎日眺めてきた。
こんなに静謐な寝顔の彼はあのとき、ぬけぬけとこう言った。
「それに、おまえのこのような声を聴けぬのは……つまらぬだろう?」
全く……小憎らしいほど気持ち良さげに眠っている。
言うんだなぁ、この人があんなこと。
そうやって呆れたような態度を取っているつもりでも、顔が火照ってしまう自分が悔しい。
けれど。
けれど私だって知っている……実はしっかり覚えている。
私の中に入ってきたときの、あなたの顔を。
くす、とアンジェリークは笑うと起こさぬ程度に頬をジュリアスの肩に擦り寄せた。
ぞくぞくした。
裂かれ、貫かれたときは痛くて痛くてたまらなかったけれど、あのとき確かに……私が、あなたを、抱いていた。今度眉間に皺を寄せている顔を見ても、私は決してもううなだれることはない。それどころか……思い出し笑いしてしまうかもしれない。思わず漏らしてしまったに違いないあなたの声と共に。密かな……私だけが知る、私だけの楽しみ。それは、眠っているあなたにこっそり口づけしていたころよりずっと大人びたものになってしまったけれど。
体自体は少々辛いものの、精神的には充足した怠さを伴いつつ、アンジェリークはジュリアスが目覚めぬよう、静かに起き上がった。
エリューシオンの時とは異なり、女王たる地位にふさわしい広いベッドの空間のほとんどを空けたまま、ジュリアスとアンジェリークはぎゅっと一所に集まって眠っていた。それでもジュリアスの長い体躯と髪は、気持ち良さげにベッドの上で伸び、広がっている。 とろりとした光の中、微かに輝く黄金色の髪一筋を手に取るとアンジェリークは、ふふと笑って口づけた。
私の髪に忠誠を誓ったあなた。それにきっと愛情も加えてくれたはず。
私は何を誓おうか?
私が不幸になると悲しいとあなたは言った。
ならば私は……幸せな女王になろう。
あなたが幸せにしてくれる。
そしてそれがあなたを幸せにするのなら。
……ルゥは許してくれるかな。
私の幸せが、星々を幸せにするというのなら。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月