Holy and Bright
◆6
「陛下が幸せかと問われれば……」
ジュリアスはおもむろにルゥの顔を見て驚いた。ルゥが切り込むようなまなざしでこちらを見つめていたからだ。ルゥもまた、ジュリアスが自分の顔を驚きをもって見ていることに気づき、思わず目線を落とした。
「……す……すみません、ぶしつけなことをお尋ねして」
少し狼狽えたものの、上目遣いにジュリアスの様子をうかがう。そして観念したように肩をすくめた。
「ぶしつけな上に失礼なことを承知の上で申し上げます、ジュリアス様」
「何だ」
「まずは謝ります。申し訳ございません、あなたを疑うような目で見てしまって」
ふっと微笑むとジュリアスは円卓の上のポットを握り、空になったルゥの茶器に茶を注いだ。賓客、しかも光の守護聖手ずからの行為に、慌ててルゥは押し止めようとしたが構わずジュリアスは注ぎ続けた。
「陛下に時々こうしてお煎れすることがある……もっとも、陛下が煎れてくださることの方が多いが」苦笑してジュリアスはルゥを見た。「理由を尋ねても良いか?」
「はあ……あの……」もじもじとした様子でルゥは逡巡していたようだったが、そんなことをしていても仕方ないと思ったのか話し始めた。「あなた方がエリューシオンにいらしたとき、とても仲がよろしくなさそうでしたから……」
それを聞いてジュリアスは目を丸くしたが、すぐ、くく、と声を漏らして笑った。
「そうだな。そのせいで最初はおまえからもずいぶん丁重なもてなしを受けたものだった」
「す、すみませんっ!」
慌ててルゥが頭を下げる。
歓迎式典前に天使様を泣かせたと聞いたルゥは、つんつんとした態度で“伴の人”だったジュリアスにつれなくしていた……翌日馬のアウロラにジュリアスと共に乗るまでは。
「で、あの……」居心地悪そうにしつつもルゥは続けた。「途中も……一瞬、良い雰囲気だと思ったら一気に悪くなったり……その……ですから……」
「まあそれは」ジュリアスは自分の茶器にも茶を注ぐと事もなげに言った。「今もよくあることだが」
「えっ!」叫ぶとルゥは立ち上がった。「そうなのですかっ?」
ジュリアスは小さくため息を漏らすとまあまあ、となだめるように手を振った。
「落ち着け。言ったであろう? ここへは陛下を止めて私が来たのだと」
「は……あ」
「ずいぶん、拗ねられた」
「あ……ああ……」
すとんと椅子に座るとルゥは、深いため息をついた。
「そういう……ことなのですね……?」
「そういうことだ……で」
ジュリアスはルゥを見据えた。
「私の何が、おまえをそのように不安にさせているのだ? それを解決せねば、私は聖地へ戻れぬぞ」
今度はいつ来ることができるかわからない。そしてそのとき、ルゥがいる−−生きているかどうかも。
ジュリアスの意志が伝わったのかどうかはともかく、ルゥのまなざしが穏やかになった。
「あなたは……僕を導いてくださったときのままですね。子どもだった僕にも常に正直に話してくださっていた」
「おまえは、私が光の祝福を授けた子どもだからな」
額に指を当ててみせて、ジュリアスは言った。
「では……言いますね、ジュリアス様」
黙ってジュリアスは先を促した。
「あの、あなた方がエリューシオンを去る日……僕は見てしまったんです」
穏やかな調子のままルゥは続ける。穏やかに言おうと努力しているのかもしれない。妙な予感にかられ、ジュリアスは笑みを収めた。
「あなたが天使様の唇に触れ……深く……口づけていたのを」
ルゥは、本当は天使様たるアンジェリークと光の守護聖であるジュリアスを呼びに行きたくなどなかった。もっとずっとこのエリューシオンにいてくれたら……いっそのこと住んでくれたら、とまで思っていた。天使様の優しい笑顔と、ジュリアスの厳しいけれど頼もしい様子が大好きだったから。
けれど天使様の住む場所の偉い人−−パスハだが−−が急いだ様子でお出迎えに来ているから、そうそう滞在を長引かせるわけにもいかず、祖父のルーグからお呼びしがてら様子を見てこいと言われたのだった。
アンジェリークたちの部屋は、神官の館の中でももっとも良い客室があてがわれている。ルーグやルゥの住む場所から渡り廊下を経た場所にあるそこへ、ぶつぶつと不満に思いながらも歩いて行った時だった。
ドアの開く音がした。天使様−−アンジェリークが出てきた。後ろを振り返りながら話をしている。何を言っているかまではルゥには聞こえなかった。話が途切れたところで声をかけようかと廊下の角で様子をうかがっていると、ジュリアスが出てきた。
そして。
「その……僕には……けっこう衝撃的なことだったんです」
再び目線を下げてルゥは言った。
「まだ子どもでしたけど……それがどういう気持ちから起こる行為かっていうことぐらいはわかっていましたから……」
ジュリアスは声も出せずにルゥの言葉を聞いている。
「一瞬ですけど……正直……あなたを憎みました。僕たちの天使様になんてことをって。あなたのことがとても好きだっただけに、何だか裏切られたような気がして……怒鳴ろうかと思ったんです」
「……そうで……あろうな」
表情には出さないよう留意してはみたが、ジュリアスは酷く動揺していた。民に……しかもよりによって自分の力を率先して擁護してくれた新しい神官たる少年に、あのような行為を見られていたとは。
「でもね」顔を上げてルゥは苦笑しつつジュリアスを見た。「あなた方が離れた後の天使様の御顔といったら」
それはもちろんジュリアスだって覚えている。忘れようもない。
満面の笑顔。
ジュリアスのためだけに目の前で輝いていた、あの笑顔。
「あんな素敵な御顔を見てしまったので、僕はもう、何も言えなかったんです」
ルゥは真顔になると続けた。
「曾祖父レイが、光の力について天使様のあんな笑顔を見たら、それこそ絶対に光の力の存在を消そうだなんて思わなかったでしょう。僕だって思いませんでした。だからあの後、天使様に光の力を願った。天使様が愛しているあなたの……力を」
ジュリアスは息を飲んだ。
今ならわかる。
何故あの後、ルゥがアンジェリークを、そして自分を凝視していたのか。
私に向かい、くどいほど尋ね、言ったのか。
『天使様を幸せにしてくれますか?』
『絶対、天使様を幸せにしてくださいね』
……と。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月