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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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Holy and Bright

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◆7

 「でも、大人になればなるほど僕の中では危惧があった」
 ルゥはそう言うと円卓の上で拳を握った。
 「僕たちの中では天使様……女王陛下だけど、あなたはあの方を幸せにしているのかと……ひとりの男として」
 「……好きな女性がいるのだな、ルゥ」
 切り込むようなまなざしはそのせいか、とジュリアスは思いつつ言った。ルゥは少しだけ顔を赤くしたが続けた。
 「ぼ、僕のことはいいんです。それより……どうなのですか、ジュリアス様」
 目が真剣になっていく。
 「僕はあなたに可愛がってもらっていたことを利用してこんな失礼なことを聞いています。でもあなたに再び会えると思わなかったから……こんな機会はきっともうないでしょうから……」
 わかっているのだな。
 ジュリアスはルゥを見た。
 そうだ。たぶん“今度”はもうない。時は情け容赦なく聖地とエリューシオンを分けて過ぎていく。
 「僕はあの、天使様の素敵な笑顔を曇らせて欲しくないんです」
 「それは私とて同じことだ」
 きっぱりとジュリアスは言い放った。
 「私たちは聖地での一昨日、契った」
 ルゥの瞳が揺れる。
 そう、民に言うことではない。それどころか守護聖たちにすら言っていない……言うつもりもない。もっとも、暗黙の了解らしい雰囲気は漂ってはいるけれど。それでもやはり、ルゥには正直に話さずにはおれない何かがあった。
 「陛下……アンジェリークにはあの聖なる眩い翼ごと抱くと言い、そのとおりにした。そしてこれからも……ずっと」
 「ジュリアス様……」
 ふぅ……とルゥは小さく息を吐いた。
 「ありがとうございます。その……ほっとしました……」
 「別れて以来、ずっと気になっていたのだな?」
 こくりとルゥは頷いた。
 「天使様が一度エリューシオンにいらしたときも、お疲れの様子でしたが素敵な笑顔でしたから、悪いことなど何もないだろうとは思っていましたが……」
 そうしてきまり悪そうに笑っていたルゥは、「あっ」と声を上げた。
 「どうし……」
 ルゥの視線の方向を見ようと背後を振り返ったジュリアスは、きらりと輝く光を見つけた。
 「もしかして……」
 ルゥが言う。
 「……たぶん、な」
 ジュリアスが答える。
 「全く……困った御方だ」
 二人が席を立ち、東屋から出たときにはすでに、その光は風のように彼らの上を駆け抜けていた。
 光−−遊星盤にはアンジェリークの姿があった。胸元で指を組み、何かを一心に祈っているようだ。そして背に広がる翼が二人の目に映った。
 「天使様ーっ!」
 ルゥがぶんぶんと手を振る。
 「ルゥ……ルゥなのね!」
 遊星盤からアンジェリークが笑顔で手を振りつつ戻ってきて、東屋横に静かに降りてきた。
 「すっかり立派になっちゃって……」
 遊星盤から顔を出したアンジェリークは感慨深げにルゥの顔を見た。
 「はい! ありがとうございます、天使様」
 「陛下」ルゥの横からジュリアスが咳払いをしつつ言った。「何故こちらに? 名代は私が務めると申したはずでしたが」
 「これからフェリシアへ行くの」ジュリアスの問いには答えず、アンジェリークはにっこり笑って言った。「だから後でゆっくり伺うわね、ルゥ」
 ぱぁっと明るい顔になってルゥは頷いた。
 「お待ちしています、天使様!」
 「では……あっ」
 遊星盤に戻ろうとしたアンジェリークは、ジュリアスが片足を遊星盤へかけているのを見つけて声を上げた。
 「相変わらずおひとりで勝手に出歩こうとされているので、私は伴をする。また後でな、ルゥ」
 「だって……ジュリアスが私を置いていくから悪いのよ?」
 軽く頬を膨らませて言うとアンジェリークは遊星盤へ戻っていく。
 ルゥとジュリアスは顔を見合わせて笑った。そしてルゥは、ジュリアスに向かって言った。
 「……本当に、安心しました」
 「え?」
 「あなたが愛でる翼ごと……お幸せそうですから」
 虚を衝かれたようにジュリアスはルゥを見た。
 「天使様のこと……僕が言うのも何ですけど……よろしくお願いしますね」
 何か言おうとする前に、遊星盤はジュリアスを乗せてふわりと上昇した。

作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月