二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

end of the sorrow

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 


 石田の陣に続く坂道を、政宗はわき目も振らず駆けあがる。先の戦闘での消耗が思いの外激しく、息は上がり幾度も足が縺れそうになるが、気にしていられない。
 ようやく少し開けた場所に到着した。肩で息をしながら周囲を見渡すと、少し先の方に、仰向けで倒れている仇の姿があった。家康の姿は見当たらない。部下たちに指示を出しに行ったのだろうか。それにしても、急を要する状況とはいえ、まだ息のある敵を人も付けずに放置してどこかへ行ってしまうなど考えられないことだ。すると、まだこの近くにいるか、あるいは政宗がここへ来ることを見越していたか。不審に感じたが、考えていても詮無いことだ。
 再び石田に視線を戻す。こうして地に転がっている彼からは、凶悪さが感じられない。少しの憐みを感じながらも、政宗はいつもの不遜な笑みを顔に貼り付かせた。余裕を繕うことが、政宗にとっては平常心を保つのに一番良い方法だった。
 地を踏みしめ、わざと大きく足音を鳴らしながら近付くと、石田は僅かに頭を動かして政宗を見て、顔を顰める。命が危機に曝されているこの状況下でさえ、石田は感情を隠すことはしない。その顔にははっきりと困惑の色が見て取れた。上田城の時と同じだ。やはり、政宗のことを思い出さないらしい。今すぐに斬り殺したい衝動を堪えながら、政宗は仇に声を掛ける。
 「よぉ、石田。随分ボコボコにされたみたいじゃねぇか」
 まるで世間話でもするかのような口ぶりである。先の困惑は消え、苛立ちの込められた目で石田は政宗を睨みつけた。
 「……何の用だ」
 苦しい息の下から、それでも棘のある言葉を放った石田を、政宗はわざとらしく鼻を鳴らして笑う。それが癪に障ったのだろう。石田はすぐにでも首を刎ねてやるとでも言いたげな眸を政宗に向けた。
 「不様な凶王さんの姿を拝んでおきたくてな」
 石田の鋭い視線を意に介さず、むしろ気を良くして政宗は告げた。無論、先の言葉は本心ではない。石田は政宗の挑発に簡単に乗って、一心に政宗を睨んでいる。それから、と言葉を継ぎながら、刀の柄に手を掛け、一振りだけ抜いて石田の首に突き付ける。
 「アンタに選択肢を与えにきた」
 「選択肢、だと?」
 石田の眉がぴくりと動く。警戒こそ解かないものの、先程の苛立たしげな表情は消え、奇妙な物を見るような目で政宗を観察している。
 「ああ。アンタに残された道は二つに一つ。一つは、アンタが憎んでる男に助けられて生き永らえる事。もう一つは、今ここで、名前も知らない男に手を下される事。……さあ、どうする?」
 憎む相手に情けを掛けられるなど、自尊心が許さない。まして石田の原動力は家康への憎悪だけで、それ以外には何もない男だ。この男は躊躇なく死を選ぶ。それを見越した上で発した言葉だったのだが、石田の返答は政宗の予期しないものだった。
 「何故、私が貴様の名を知らないとわかる?」
 この場に似つかわしくないあまりに呑気な物言いに、政宗はかっと頭に血が上るのを感じた。この男は、小田原のことどころか、上田城で邂逅した時のことさえ覚えていないのだ。憎悪の一言では片付ける事のできない感情が胸に渦巻く。それは一種の哀しさなのかもしれない。
 「それも忘れちまったってか。所詮アンタにとって、俺はっ……」
 冷えぬ頭でそれだけ吐き出して、続く言葉は呑み込む。所詮石田にとって政宗は、そしてこれまで屠ってきた全ての者たちは、纏わりつく小うるさい虫にすぎなかったことを、改めて思い知らされたような気がした。
 再び襲ってくる衝動を何とか抑え込み、心を落ち着けるために小さく頭を振る。
 「期待なんかしちゃいなかったが、やっぱりアンタ何も変わってないんだな。答えてやる義理はねぇ。それで、アンタはどっちを選ぶんだ?」
 急かすように問うと、意外にも石田は少し迷うような素振りを見せた。今さら命が惜しくなったのだろうか。いや、この男はそんな殊勝な男ではない。言葉を発することを躊躇うその様子は答えを迷うものではなく、別の何かが飛び出してくることを予感させる。
 静観する政宗から諦めたように視線を逸らして、石田は苦しげに問う。
 「何故、貴様はそのような選択を提示した」
 「Ah?」
 「戦の勝敗は決した。私のことなど捨ておけばよかろう」
 政宗は目を見張った。石田からこのような言葉が出てくるとは考えていなかった。この問いは即ち、僅かでも政宗に興味を抱いたことに他ならない。石田の眸が再び政宗を捉えるが、思考がまとまらない。本心を全て晒すつもりなど無い。だが、この石田の眸に巧く答えることなど、今の政宗には出来なかった。
 「……家康がアンタを殺すなって命を下すなら、俺は従わなくちゃならねぇ。そうなる前に、俺が、この手で、アンタを、」
 殺したかった。震える声で告げて、唇をきつく噛み締める。きっとその言葉の矛盾など、とうに見破られている。家康が石田を殺さずにおく筈がない。家康は自らの手で全てを終わらせることを望んでいる。だが見え透いた嘘をついてでも、石田に核心を告げたくはなかった。言葉にしてみたところで、それがこの男に実感を伴って理解されければ、何の意味もない。
 政宗の望みは一つだ。例え死ぬ間際であろうと、政宗をその眸に映させること。そして気付いてほしかった。自分が今まで蹂躙してきたものの重さに。それを背負うこともせず戦っていた自身の浅はかさに。
 石田が政宗の思いを感じたのかは分からない。軽く目を閉じて、当たり前のことを言うように答える。
 「ならばさっさと殺せ。もうじき家康が戻ってくるだろう」
 「……それがアンタの答えなんだな?」
 「奴に情けを掛けられ生かされるくらいなら、今ここで貴様に殺される方が、マシだ」
 そう言って、石田はゆっくりと目を開けて政宗を正視した。どこまでも澄んだその眸に映り込む自分の姿を見て、政宗は今までの憎しみが消えていくのを感じた。石田を許せるか、と問われれば、今でも許すことはできないだろう。石田が無慈悲に多くの命を奪った過去は消えない。それでも今、こうして一つの存在として認められているという事実によって、政宗の目的は達せられたのだ。
 政宗は口元に笑みを浮かべた。それは先程のまでのわざと貼りつかせていた笑みとは違う、心の底から湧きあがってくるものだった。
 「アンタ、やっと俺のことを見たな」
 首元に突き付けていた刀を一旦離して、構え直す。家康の意向に逆らっているという自覚はある。だが、もう退くことはできない。石田がその眸に自分を映している間に絶命させることができるなら、後でどんな咎めを受けても構わないとさえ思った。
 刀を大きく振り上げる。これで全てが終わる。その時だった。
 
 「伊達……政宗……」
 
 政宗の耳は、確かにその言葉を捉えた。歓喜の念が身体を駆け巡り、隻眼からぽとりと水滴が落ちる。振り下ろす刀の動きが、自分のことながらやけに鈍く見えた。
 
作品名:end of the sorrow 作家名:柳田吟