悪魔と恋をしましょう
「……冗談です」
くすっと軽く吹きだしたのが聞こえてきた。
佐隈が振り返った。
ベルゼブブのほうに向けた顔には笑みが浮かんでいる。
「ベルゼブブさんが結界の力を解けることをアクタベさんに言ったりはしませんよ」
佐隈は優しい声で話し続ける。
「だって、ベルゼブブさんはアザゼルさんみたいにセクハラしませんし、それに暴露の能力は使えるので、失ったらもったいないですからね」
そう言うと、佐隈はにっこり笑った。
だが、言った内容を冷静に検証すれば少々ひどい。
けれども、芥辺に知られることを想像して激しく動揺していたベルゼブブは、佐隈の発言内容を深く考えずに、ほっとする。
そして、気を取り直した。
「というわけですから、さくまさん」
「はい?」
「私はアクタベ氏のいないところでは自分の意志でこの姿にもどれます。ペンギンのような姿ではありません。つまり、あなたが私と男女交際するのに問題は無くなったというわけです」
「えー」
佐隈は小首をかしげた。
「でも、私、そもそも恋愛に興味がないんですよね」
「えっ!? 恋愛に興味がない!? なぜですか!?」
「なぜと言われましてもねえ……」
うーん、と佐隈は考えている。
少しして、ああ、と数学の問題の答えを見つけたような表情になった。
「だって、恋愛ってしょせん性欲じゃないですか」
佐隈は淡々と続ける。
「私、そんなに性欲が強いほうじゃないですから」
「違います!」
声を大にしてベルゼブブは否定した。
しかし、すぐにハッとする。
「いえ、あなたの性欲の強さがどうというわけではなく、それと、恋愛に性欲が関係しているのを否定するわけでもありませんが……」
困っているような弱気な声でベルゼブブは話す。
「でも、恋愛というものはいいものなんです」
「はあ」
佐隈は明らかに適当な相づちを打った。
だが、ベルゼブブは勢いがついたように強気な表情になって朗々と言う。
「恋愛というものは、その相手と一緒にいると気分が高揚し、幸せになり、活力が与えられるものなんです!」
その端正な顔がキラキラと輝いている。
しかし。
なんだろう、この奇妙な生き物は。
というような眼で佐隈はベルゼブブを見ている。
けれども、ベルゼブブはその佐隈の視線を否定的なものとはとらえずに、そのままの勢いで話を続ける。
「というわけですから、さくまさん!」
「……はい」
「ぜひ、私とデートしてください」
「え」
「この魔界の貴公子ベルゼブブが、あなたに恋愛の楽しさをお教えいたします」
「えー」
佐隈は眉根を寄せた。
「いいです、別に」
「良くありません!!!」
力強くベルゼブブは主張した。
その勢いに呑まれたように、佐隈は黙りこんだ。
ベルゼブブは自分の提案が了承されたと受け取り、上機嫌な表情になる。
「では、魔界に帰ってじっくりデートプランを考えます」
そう告げると、ベルゼブブは歩きだした。
やがて佐隈の横に並び、さらに追い越す形になった。
「……あ」
佐隈が我に返った。
「あの」
その佐隈の声に反応し、ベルゼブブは振り返った。
「デート、楽しみにしていてくださいね」
無邪気さ百パーセントの輝きを放つ笑顔を佐隈に向けて言うと、また部屋のドアのほうを向き、ベルゼブブは部屋から出ていった。
作品名:悪魔と恋をしましょう 作家名:hujio