二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

春の嵐

INDEX|2ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

         ◇  ◇  ◇

 一晩経っても、昨日の余韻が、全身に残っているようだ。
 ふとした瞬間に、彼の熱を思い出しては、顔が火照るのがはっきりと分かり、香穂子はぶんぶんと首を振った。今が講義中でさえなければ、洗面所で顔を洗っているところである。
「……子……ねぇ、香穂子ってば!」
「――えっ、ひゃぁっ!?」
 繰り返し名前を呼ばれ、ようやく香穂子は現実世界へと引き戻された。
「さっきから何度も話しかけてるのに……大丈夫?」
 小首を傾げた弾みに、ポニーテールが揺れる。
 下田沙耶香。
 星奏学院大学音楽科部・ヴァイオリン科のクラスメイトで、香穂子にとっては、高等部からの数少ない友人でもある。
 一年前――音楽科の三年に香穂子が編入した際、隣の席になったことがきっかけで、二人の交流が始まった。
「ゴメン、ちょっとぼーっとしちゃった」
「もう、香穂子は相変わらずだね……。お昼、行こうよ。カフェテリアでいい?」
 講義はとうに終わり、昼休みに突入していたようだ。
 香穂子は机の上に広げっぱなしだったノートと筆記用具を慌ててトートバックに放り込むと、席を立った。

「大学部も広いよねー」
「うん、まだ分からない場所が、いっぱいあるよ」
 香穂子と下田は肩を並べて、カフェテリアへと向かう。
 大学部に入学して、今日でちょうど十日になる。
 入学式の週は、オリエンテーション期間として、施設の説明や、履修科目の登録相談会、サークルの説明会に終始した。 週が明けて講義が始まっても、ほんの触りだけで専門的な内容には触れていない。だが、高等部にも増して、解放された大学部の雰囲気には、ようやく慣れ始めた。
「ねえねえ、今週末に三大学合同での新歓コンパがあるんだけどさ、香穂子も来ない?」
「え……?」
 下田の唐突な申し出に、香穂子は思わず立ち止まって、まじまじと彼女を見つめた。
「ほら、香穂子って星奏じゃ結構な有名人だし……他校にも一度、会ってみたいって男子が多いんだよ。勉強も大事だけどさ、彼氏だって欲しいじゃない」
「あ……私は……」
 自分に恋人がいる事実を、香穂子は周囲の人間に伏せていた。級友を欺く後ろめたさを覚えないわけではないが、彼女の場合、相手が相手である。「言わない」というよりも「言えない」と表現するのが、正しかった。
「香穂子って、わりと奥手じゃない。そんなんじゃ、いつまで経っても彼氏ができないよ」
「えっ、そんなことは……」
「あれっ? もしかして、彼氏はいる……とか!?」
「か、彼氏っ!? そんなんじゃないよ。うん、全然、違う」
「へぇ……じゃ、それなりに近い人はいるんだ」
 はっとした顔をする香穂子を一瞥して、下田は「してやったり」と目を細める。
「あはは、香穂子が動揺してる! じゃあ、その辺りは後でゆっくり聞きましょうか」
 下田の取り調べは、カフェテリアに集まりだした生徒たちの喧噪によって、一次中断となった。

作品名:春の嵐 作家名:紫焔