春の嵐
「で、本当のことは言えなかった……と」
天羽菜美はそう言うと、キャラメルマキアートのストローを吸った。カロリーを気にして、ミルクはノンファットのものに差し替えている。
「うん。彼氏……とまではいかないけど、いい雰囲気になっている人がいるって誤魔化すのが精一杯だった」
歯切れの悪い調子で答えると、香穂子はオレンジジュースで喉を潤した。
別々の大学に通う香穂子と天羽であるが、こうして都合をつけては顔を合わせ、近況や雑談に花を咲かせる。
香穂子にとって天羽は、唯一、恋の悩みを気兼ねなく相談できる相手でもあった。
「……まあ、付属の大学で『高等部の金澤先生と付き合ってまーす』なんていったら、間違いなく大騒ぎになるもんね。アンタが言えないもの無理はないわ」
高等部から進学した生徒の中では、親しみやすく、人気の高い金澤の存在を知らない生徒はいない。
高等部を卒業して、ようやく金澤とオープンな交際を始められると思ったのも束の間、現実はそう甘くない。新たなる障害が発生し、それは予想以上に厄介だった。
「いつかはバレるとは思っているけど……でも、今はまだ、絶対にダメ」
在学中から交際していたことが分かれば、金澤に迷惑が掛かることは避けられない。そうなれば、これまで何のために自分たちが堪え忍んできたのかが分からなくなる。
「そっかー。教師との恋愛ってさ……結構、不便だね」
以前、リリが金澤との恋愛を「茨道」と喩えたが、それは何も在学中に限ったことではなかったのだと、香穂子は今更ながらに痛感していた。
「ねえ……そういえば、私たちのこと、菜美はいつから気付いていたの?」
卒業式が近付くにつれて天羽は、香穂子と金澤の間を何かと取り持って、世話を焼きたがった。一方の金澤は、彼女のお節介を受け入れるのにかなりの抵抗があったようで、全てスルーしていたのだが……。
「はぁ? 私? 天羽さんの情報網と記者のカンをなめられちゃ困るわね……ふふっ、それは企業ヒ・ミ・ツ」
カフェを出てからは、気の向くままにウインドショッピングを楽しむ。これも二人にとっては、定番コースだった。
「ねえ、これ見て……可愛いね!」
アクセサリーショップの店頭で、天羽が足を止める。
「指輪……?」
そこはファッションリングのコーナーで、花をモチーフにしたと思われる新作が、綺麗に陳列されていた。
「ほら、これなんて、春っぽくて良くない? 金やんにおねだりしてみたら?」
クローバーとテントウムシをイメージしたリングを指差して、天羽が口を開く。
「む、無理だよー」
「香穂子は欲しくないの?」
「欲しいよ。でも、指輪は……」
契約の意味を持つリングは、アクセサリーの中でも特別だ。香穂子の中では、安易に望んではいけない位置付けにあった。
「……金やんってさ、もしかして指輪はエンゲージリングとマリッジリングしかないと思ってたりするクチ?」
「まさか……」
「それとも考えが古いのは香穂子の方かな。ファッションリングのひとつやふたつ、みんな彼氏にプレゼントしてもらってるって。ねだるだけ、ねだってみれば?」
「……じゃあ、ピアスをねだってみるよ。ホールが完成したら、好きなの買ってくれるって、約束してくれたし……」
香穂子の耳朶を飾っているのは、チタン製ポストの、俗に言うファーストピアスである。入学式の前日に、繁華街の専門医で開けた。
「そうそう。その調子。あれだけ高い壁を作っていた男を陥落させたんだからさ。もっと自信を持ちなって!」