春の嵐
◇ ◇ ◇
柔らかな香穂子の頬に、外山の指先が沈み込む。
「日野さん……大丈夫?」
香穂子は後部座席のシートにもたれ掛かって、不自然なまでに深い、規則的な寝息を立てていた。
「ねえ、日野さんってば……寝ちゃったの?」
肩を掴んで強めに揺すっても、目を覚ます気配はない。
無防備な香穂子の寝顔を見下ろして、男の口角が歪に吊り上がった。「……へっ、ちょろいな」
「どうだ。効いたか?」
運転席で事の次第を見守っていた野崎が、後部座席を覗き込んで訊ねる。
「おう、バッチシよ。さすがは星奏のお嬢様。こうも簡単に騙されるとはな……」
外山は香穂子が握り締めていたペットボトルのキャップを閉めると、シートに放り投げた。
「ここじゃ人目につく。イイ感じの場所に移動しようぜ」
「オーケー。でも、下田と上条はどうするんだ?」
「あいつらなら放っておいても大丈夫だろ。言い訳は後で適当に考えりやいいって。とにかく急ごうぜ」
野崎は短く頷いて、エンジンを掛けると、車を発進させた。
ミニバンは十分ほど市街地を走り、やがて森林公園の裏路地に駐まった。夜の帳が降り始めたそこは、散歩の時間が終わったことも相まって、人通りが殆どない。
「おい……」
ポケットから細長い布を取り出した外山に、野崎が抗議の声をあげた。
「何だよ、途中で目ェ覚まして、騒がれたら面倒だろ?」
そう言って、静かな寝息を立て続ける香穂子の口から後頭部に回すと、簡易的な猿ぐつわを噛ませる。
「お前、そういう趣味があったのかよ……」
無駄のない外山の手付きに、野崎は呆れた声を漏らす。
合コンに出ては、気に入った女性を「お持ち帰り」するのが常な二人ではあるが、互いの性癖までは知らない。
「俺だって、無理矢理ヤるのが好きなわけじゃねぇって」
「ホントか?」
「そりゃ、ちょっとは興奮するけどな……手、縛るのは、服を脱がせてからにしようぜ」
「お前さ、やっぱアブねーよ、AVの見過ぎじゃねーか」
下品な会話の応酬に二人は顔を見合わせて笑った。
「うっせーな。カノジョ持ちは黙ってろよ。……つーかさ、お前、カノジョいるんだから、ここは遠慮しろよ」
「はあ? 誰がセッティングしてやったと思ってるんだ。少しぐらいはいいだろ」
「仕方ねーな。でも、俺が先だぞ。文句は言わせねぇ」
醜い欲望を剥き出しにした男たちは、薬によって眠り続ける香穂子の前で、身勝手極まりない、言い争いを続ける。
呼吸に合わせて緩やかに上下する香穂子のニットをキャミソール毎捲り上げたところで、外山の手が止まった。
「おい……」
「ああ……」
二人の目線が釘付けになったのは、ミントグリーンのブラジャーではない。
ハーフカップのそれは、決して大きくはない彼女の膨らみを半分ほど包んでいるに過ぎず、露わになった肌理の細かい肌には、薄くなった鬱血の痕が点々と刻まれていた。
「なんだよ、こいつ……清純そうな顔して、やることしっかりやってるじゃん」
赤黒いキスマークは胸の上から鎖骨までまんべんなく散っている。見間違いようのない、愛の行為の痕に、野崎は口をへの字に曲げた。
「……でも、彼氏はいないって言ってたよな? セフレはいるってか? とんでもねー売女だな。だったら遠慮することはねぇ、いただいちまおうぜ」
痺れを切らした外山が、ブラジャーに指を掛けると力任せに引き上げる。柔らかな膨らみがふるりと震え、小振りではあるが、形の良い胸が眼前に曝された。ごくりと生唾を飲んで、震える指で双丘を掴もうとする。
「――はい、そこまで!」
バタンという音とともに後部座席のドアが勢いよく開けられ、冷えた外気が車内に流れ込んだ。