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春の嵐

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「なっ……」
 突如現れた侵入者に、野崎が振り返ろうとする……が、背後から素早く回されたスーツの腕によって、車外に引きずり下ろされた。
「おい、野崎っ……」
 入れ替わりに飛び込んできた大柄な男が、残る外山に対して体当たりを仕掛ける。勢いよく突き飛ばされた外山は、反対側のドアに肩をぶつけ、鈍い呻き声をあげた。
「急く気持ちは分からんでもないが、こういうときは、ドアロックぐらいしようぜ……ま、そのお陰で、こっちは助かったけどな」
 男――金澤紘人は片手に金属製の大振りなハンマーを持っていた。車載工具のひとつで、非常の際、窓ガラスを割るために使うものだ。
「金澤さん、何、呑気なこと言ってるんですか!」
 野崎を押さえた吉羅が、呆れた声を出す。
「だってよお、非常事態とはいえ、ハンマーで窓をカチ割るのはちとなぁ……ガラスの破片が飛んで、香穂子の顔に傷でもつけたら大変だしな」
「てめえら……何なんだよ!?」
 体勢を立て直した外山が、金澤に食って掛かった。
「……ひとつ確認しておくが、お前さんたち、楽器はやってないんだよな」
「はぁ? ワケのわかんねーことほざいてるんじゃねーよ! ぶっとばすぞ!」
「彼らは経済学部の二年です。多少手荒に扱っても問題はありませんよ」
「ほい、了解っと……」
 金澤はハンマーを足下に置くと、半歩身体をずらして、振り下ろされた外山の拳を見切った。宙を虚しく殴る腕をしっかりとホールドして、関節と逆方向に捻る。
「うがぁぁぁっ!」
「しばらくはシャープペンも持てないかもしれん。悪いな」
 襟ぐりを乱暴に掴むと、そのまま車外に引っ張り出した。力任せに放り出された外山は、よろけてアスファルトに尻餅をつく。
「香穂子……」
 この騒動の中でも、香穂子は昏々と眠り続けていた。
 無惨に暴かれた香穂子の胸元を見た途端、金澤の瞳に怒りの色が満ち溢れる。乱れた衣服を手早く直すと、彼女を抱き上げて車を降りた。
「――いい加減、離せよっ、このクソオヤジ!」
 吉羅に羽交い締めにされた野崎が、もがきながら口汚く罵る。その瞬間、吉羅の端正な顔がぴくりと引き攣ったのが、金澤には分かった。
「おいおい……俺はともかく、吉羅をオッサン呼ばわりすると、後が怖いぞー」
 香穂子を抱き上げたまま金澤が口を開く。その口調こそ戯けてはいるものの、声は静かな怒りで震えていた。
「お前さんたち、悪いこと言わんから、こいつを敵に回さない方がいいぜ。マジでタチが悪いぞ」
「うるせー!!」
 吉羅に躍り掛かろうとした外山の右足に、金澤がすっと自分のそれを出して引っ掛ける。男はバランスを崩し、勢いよく転倒した。
「よく言いますよ。怒っているのはそっちでしょうが」
「ああ、そうだ。本当ならブン殴ってやりたいところだが、生憎と手が空いてないんでね」
「クソオヤジが! 調子こいてるんじゃねぇよ!」
 押さえつける力が弛んだ隙をついて、拘束を振り解いた野崎が吉羅の腹部に肘鉄を喰らわせる。が、引き締まった彼の腹筋に阻まれ、期待するような効果は現れない。
「ほう、君の攻撃はその程度かね……」
「ば、化け物っ――ぐはっ!」
 お返しとばかりに、吉羅のストレートパンチが決まった。
「ほれ、言わんこっちゃない。だから、俺は止めたんだぞ」
 下腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべる野崎を見下ろして、金澤が溜め息をつく。
「……クソッ、未成年に暴力を振るって、タダで済まされると思うなよ」
 悔しさの滲み出た野崎の言葉に、冷ややかな吉羅の瞳が、より冷たさを増した。薄い唇に皮肉の笑みが浮かぶ。
「警察沙汰にされて困るのは、君たちの方じゃないかね。証拠は十分にありそうだが……」
 吉羅は後部座席を覗き込むと、シートに転がった、スポーツドリンクのペットボトルを拾い上げる。
「睡眠薬を使用しての強姦未遂。まさか違法ドラッグにまで手を出していたりはしないだろうね」
 紅の瞳がすっと細められる様に、野崎が喉を引き攣らせた。
「お、俺じゃねぇ……薬を手配したのは外山だ」
「君たちは港南大の生徒だね。あそこの理事長とは昔から懇意にさせてもらっている。近々、会合で顔を合わせるだろうから、生徒の風紀に乱れがあると言付けしておこう。何なら、名前も一緒に伝えておこうかね」
「テメエっ……俺たちを脅迫する気か?」
 ようやく起き上がった外山が、激しい剣幕で罵る。
「おや、脅迫とは人聞きが悪い。私はただ、取引をしようと言っているんだ。もう二度と星奏の生徒に手出しをしないと約束すれば、我々もこの件に関しては不問とする。さもなければ、証拠品と一緒に警察に即、通報する。……もっとも、どちらが得か、悩むまでもないとは思うがね」
「外山、もう止せ。なあ、アンタ、何者なんだよ……」
 憤る外山を懸命に引き留めて、野崎がぼやいた。
「おっと、自己紹介がまだだったな。こっちの偉そうなのが星奏学院の理事長様で、俺は品行不方正な音楽教師。……んでもって、この娘は俺の女だ」
 金澤が不敵な笑みでそれに答える。
「理事長に教師だと……」
「暴力事件の一ダースや二ダースぐらい、平気で揉み消せるこわーい権力者だから、相手しないほうが懸命だぜ」
「こ……今回の件は水に流してやる。外山、行くぞ!」
 安っぽい捨て台詞を吐いて、二人はミニバンに飛び乗ると、眼にも留まらぬ早さで逃げ去った。

作品名:春の嵐 作家名:紫焔