いやよいやよも
「なにしやがんだおまぇえ!見ちまった!見ちまったじゃねぇかよぉおおおおお!!」
「せっかく兄さんが借りてきたDVDだ。ちゃんと/
「ちゃんと観て俺様死んじゃったらどうしてくれる!!」
「これで死ぬのなら、日本で毎年何人死ぬと思っているんだ」
気まぐれ兄さんの気まぐれDVD鑑賞会はこうして幕を閉じ、エンドロールを尻目にキャンキャンとまくし立てられた。
褒められたいが為に遠路遥々日本まで出かけた兄さんが、菊の家の大掃除を手伝ったのが事の始まりだった。
何でも二人がかりで『クラ』の掃除をしている時、ダンボールに入れられた大量のDVDを見つけたそうだ。好奇心の塊である兄が見逃すはずもなく「これは何だ?」「どんな話だ?」と逐一聞き、菊も「懐かしい」と答えてくれていたらしい。懐かしい話、最新の話、お気に入りだった話。どのDVDも細部にわたって臨場感溢れる説明&解説、しかし肝心のラストは暈すという巧みな作品紹介を受けつつの掃除。次々出てくる話しのお陰か集中力も切れることなく、掃除はサクサク進んだらしい。見違えるほど綺麗になった『クラ』に喜んだ菊は兄さんにお土産を持たせてくれた。ダンボールを抱え、
「どうぞお好きなものをお持ちください」と。
「あまり荷物を増やすと弟が煩いから」と1本だけ選んだのが-これだ。
「帰ったらヴェストと観るって言ったら、菊がこれ勧めてくれてよ・・・。
『夜に二人っきりで過ごすにはこれが一番』とか」
今や世界に轟くジャパニーズ・ホラー。グロテスクなモンスターが出て、グラマラスなボディコン美女が叫ぶ今までのホラーとは違う日本の映画。
確かに息を潜めて見入ってしまうこの類の映画は二人っきりの夜には丁度いい。爆笑されてムードをぶち壊される事もないし、画面の中のモンスターを避けようとソファから転げ落ちられる事もない。ビールを吹き出さないか、リモコンを壊されないかといった心配も無用だ。まぁ、最後の最後に叫ばれたのはご愛嬌とでも言っておこう。
DVDデッキからはき出されたディスクをケースに戻す。モノクロで統一された外装は決して派手ではない。寧ろ地味で・・・その、不気味だ。気を逸らそうとテレビのチャンネルをニュースに戻し、ケースを片手にソファに戻った。
「兄さん、今後日本へ行く予定は?」
「!あぁ、特に、は、ねぇかな」
「じゃぁこれは俺が返しておこう。どうせ明日会うからな」
「いや、それくれるってよ。何だよ、日本観光か?」
「昨日言っただろう?会議だ。明日18時のフライトで発つ」
「え・・・?」
ぴし、と兄さんの空気が固まった気がした。
方頬は引き攣り、手遊んでいたケースを落としかけた。
「どうした?」
「あ、え、いや、なんでもねぇ。」
「体調でも悪いのか?」
「ホントなんでもねぇって!ほら、もう結構遅いし、俺様寝るから!」
「おやすみヴェスト!」ばたばたと駆け足で自室に引っ込んだ兄さんを見送った。
・・・明日何かあるのだろうか?兄さんと何か約束した覚えは無い。昨日、夕食をとりながら会議の事を話したときも「おう、行って来い!」とは言われたがそれだけだ。だとしたら先程の反応はなんだったのだろうか?気にはなる。が、怒っている様子でもなかったし暫くは放っておいても大丈夫だろう。
戸締りと火の元を確認すると、リビングの電気を消して二階の自室へと向かった。