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いやよいやよも

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 「行ってくる」
 「ん。気ぃ付けてな」

 両頬に「行ってきます」と「行ってらっしゃい」のキスを交わして、ヴェストは手を振った。
 ふう、と一人残された玄関でため息をついた。ヴェストは明後日にしか帰ってこない。会議の進み具合によっては伸びるかもとも言ってた。幸いにも今回はエコについて菊ん所とだけの会議、とか言ってたから無駄に会議が延びることは無いだろう。
 とは言っても・・・今日を入れて3日間この家で一人は流石につまらない。いつも一緒に遊んでくれr/遊んでやってる愛犬3頭は、今頃病院でカウンセリング・ドッグとして可愛がられてるはずだ。先日参加した愛犬家達のボランティアでべルリン市内の病院に行った時、いたくそこの子供たちに気に入られてしまった。3頭を連れて帰ろうとすると子供たちに「帰っちゃヤダ!!」と泣き叫ばれ、折れた俺とヴェストは一週間の約束で病院にレンタルしたのだ。今日も様子を見に行ったが3頭とも相変わらずのモテモテぶりで、子供たちのみならず可愛い看護士達のハートまでゲットしていた。
 ので、今、家には俺様一人ぼっち。ちょー楽しい。
 いつもならソファとテレビを独占して一日中うだうだしたり、今話題のファストフードを食ってみたり、RPGゲームを一日でクリアできるか挑戦してみたり、こっそり昔の日記読んでみたりと中々充実したお留守番生活を送る筈だった。はずだった。ちょー楽しい筈だったのに。俺様只今気分最悪。

 昨日のDVDが頭からはなれないからだ。

 近寄ってくる足音は無いか?
 ドアの隙間に目玉は無いか?
 浴槽に長い髪が浮いていないか?
 カーテンの向こうに手形は無いか?
 寝返りをうったら隣でなにかが笑ってないか?
 携帯が不気味な音を立てて鳴りはしないか?
 鏡を覗いたら後ろにナニかいるんじゃないか?
 ソファからはみ出した足首を掴まれはしないか?
 自分撮りの写メに変なのが写ってるんじゃないか?

 数えて挙げたらきりが無い。
 映画に全く関係ない事が多いのに、考えずにはいられない。
 怖い。
 1人でいるのが物凄く怖い。
 ややもすると「正体不明のノック音が聞こえてくるんじゃないか」と言ったその場に適切なホラー妄想をしてしまいそうだったので、慌てて玄関を離れてリビングに駆け込みTVをつけた。なるべく賑やかな番組を選んでリモコンを押す。
 最近売れてきた童顔のアイドルに、独創的なコメディアン。キャラが濃ゆいMC、キワドイ服着たおねーちゃん達と髪型ぐらいでしか見分けがつかないホストチックな野郎共。
 視聴者を飽きさせないように工夫を凝らされた番組は面白かった。点けてるだけで明るい空気が流れる。電波と画面を介したものでも、人の声がしていると多少落ち着く。
 ソファにどっかり座ってお気に入りのクッションを引き寄せた。

 あ、これ、いきなり画面砂嵐になって、TVからアレ出てこないよな?

 「ッだぁあ!!!」

 出ない!出ないでない出ない!!!
 あーもー駄目だ、一度変なこと考えちまうと意識が持ってかれる。
 もうTVはいいやと、キッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。常備されている冷えたビールを引っ掴むと乱暴に栓をあけ、その場で一気にあおった。
 んだよ子供じゃあるまいし。ホラー映画観て日常が怖くなるとかどんだけだよ俺。菊のヤツももっとソフトなもんから貸してくれればいいのに。あんな・・・駄目だ。思い出しちまう。違う事違う事違う事・・・!・・・あ、そういや、あの戸棚にこないだ買った菓子入ってたよな。名前なんつったっけ?確か・・・あー、思い出せねぇ。なんだっけな。すげー旨いのに。硬く揚げてあって、胡椒がきいててビールにめちゃくちゃ合って。ヴェストと一緒に食おうと思ってたけど、また明日買うか。小腹も空いたし食っちまおう。

 この戸棚ん中に青白い子供が入ってたりして。

 「ッぅぉおおおお!!」

 一人しかいない家で盛大に叫び、俺は一人寂しすぎる恐怖の限界を迎えた。


作品名:いやよいやよも 作家名:akira