Love Shock(前編)
あれはヒバリさんにあげるはずだったお菓子なのに。
ツナでも何かできると思ったのに。
せっかくヒバリさんが声をかけてくれたのに、アレが落ちてしまったら、困る。
ぽろぽろと床に落ちて転がるお菓子を見つめて、ツナが泣きそうになっていると、深く落ち着いた声がみみもとをかすめる。
「お菓子が欲しいなら、後でかってあげるから」
こっちを見て。
ぞっとするような声音でくすぐるように囁かれ、びくんとふるえて固まったツナの顎を掴んだ雲雀に無理矢理顔の向きを変えられる。
とても近い位置に、端正な面。
まっくろい瞳に吸い込まれそう。
目があってしまえば雲雀から視線を離す事が出来なくて、じっと雲雀を見つめていると、どんどん顔が近付いてくる。
ぶつかる!
そう思って瞳を閉じると、唇にふにゃんとしたやわらかい感触。
なに? なに!?
ふにゃんと柔らかく、自分より少し体温の低いもの。
やわい感触。
それは、雲雀の唇。
ツナと雲雀の唇がくっついている。
信じられない!
ツナは目を見開いたままびっくりして固まってしまう。
今の自分に何が起こっているのかわからない。
一体どうなっているのだろうか。
呆然としながら雲雀の唇を受け止めていると、その唇がゆっくりと離れた。
「びっくりした?」
雲雀はキスで固まってしまったツナを見つめながら指先で頬を撫で、髪をゆるくすい、じっとツナを見つめる。
雲雀の目の前で驚きに目を見開く子。
可愛い子。
雲雀は、偶然この教室に通りかかった。
そしたら、雲雀の好きな子が、彼女がいた。
いつもは鬱陶しい事このうえない群れに囲まれている彼女だが、今日は何故かひとりだった。
夕日に照らされた横顔。
いつもは可愛いらしいばかりの彼女が夕日のなか、ものおもわしい瞳で憂いに満ちたような表情をしていた。
そんな表情は、ぞくっとする程色気がある。
雲雀は、いつも彼女を見ていた。
好きだから、見ていた。
でもなかなか近寄る事が出来ないし、彼女は雲雀を見たらうつむいて、恥ずかしそうにして隠れてしまう。
雲雀は、いつも彼女から見られている気配を感じていたから、知っていた。
彼女は、雲雀の事が、すき。
すきだから、いつも雲雀を見ている。
雲雀も、彼女の気配を感じたら、彼女を見つめた。
目があったら嬉しかった。
最近は滅多に目があわなくて不満だったのだが、ツナがじっと雲雀を見ている気配だけは感じていた。
ツナは雲雀の事が好き。
雲雀はちゃんとわかっていたから、ずっとツナから告白してくるのを待っていた。
彼女からの告白が聞きたかったから、待っていた。
顔を真っ赤にして、てれながら、思いきったように「すきです」と一言、雲雀に言ってくれる日を待っていた。
でも、彼女はいつまでたっても告白してくれない。
それどころか雲雀を好きなくせに、雲雀から遠ざかろうとしだした。
彼女からの告白を待とうとしていた雲雀だが、可愛いツナを狙う連中は多い。
彼女を囲む群れの連中だってそうだ。
皆彼女を狙っている。
雲雀は、彼女からの告白を待とうと思っていたが、そんな余裕はなくなってしまった。
はやく告白をして、彼女と恋人同士になって、群れの連中を追い払わないといけない。
ツナは、いつだって雲雀に好きと言ってくれている。
視線で、表情で、態度で。そのすべてで雲雀を好きだと語っている。
雲雀のものであるべきはずの、ツナ。
しかしこのまま放っておくと、誰かに取られるかもしれない。
本当なら、ツナから告白して欲しかったけれど、もういい。
雲雀から伝えればいい。
そう思って機会を伺っていたが、ツナはなかなか一人にはならなかった。
いつも群れの連中が彼女をとりまき、そいつらがお互い牽制しあって、まわりの連中から彼女を独占していた。
学校だけでなく、校外においても彼女の友人と名乗る群れは彼女のそばにひっついていく。
あの、六道骸もそうだ。
むかつく女。
雲雀が最も嫌いな女。
だが、あの女はしばらく動けないはずだ。
雲雀は六道骸の事を好きだという変人の存在を知り、そいつに彼女を売ったからだ。
六道骸の事を好きだと抜かす物好きは百蘭と名乗っていた。
白蘭は胡散臭い上何を考えているかわからなくて底知れない女だが、そいつが六道骸を好きだというのであれば、雲雀はいくらでも協力してやるつもりだ。
六道骸。あの女に嫌がらせをするためなら、雲雀は大概の事はやる。
ツナに近付く群れのなかで、六道骸は最も厄介な存在。
いつもなら、今頃はツナのまわりに出没している六道骸だが、ここ最近は見ない。
きっと白蘭に追いかけ回されている頃だろう。
今日は、あのいけすかない六道骸もいない。
ツナはいつも科学室にいるが、スパナと入江が休みなために、いたのは科学室ではなく、教室。
いつも彼女を囲む厄介で忌々しい群れは、誰もいない。
これは、チャンスだ。
今が、チャンス。
そう思った。
だから、キスした。
可愛い彼女の、あまいくちびる。
いつだって触れてみたいと思っていた。
雲雀がそばにるただけで、ツナは潤んだ瞳で雲雀を見つめてくる。
彼女の瞳が雲雀に向かって、すきすきだいすきと言っていた。
だから、思わずキスをしてしまった。
告白するより先に、キス、した。
雲雀は固まってしまった可愛いおもいびとに向かって、あまく、やさしく囁く。
「きみが、すきだよ。だから、ね、きみは、今日からぼくの恋人」
いいよね。
そう言が、彼女はぼんやりとしたまま放心状態。
キスの後に雲雀の告白をきいてびっくりしてしまったのだろうか。
雲雀にとってはそんな所もすごく可愛い。
しかしここでのろのろしているわけにはいかない。
いつ邪魔な群れがやってくるかもわからない。
せっかく告白して恋人同士になったというのに、愛しい彼女との時間を邪魔されるなんてごめんだ。
雲雀は、ツナと二人きり、落ち着いた場所でゆっくりしたい。
かわいい子を抱きしめたりしたいし、キスだってしたい。
こんな所でそれをしたら、誰かに邪魔される。
邪魔されたら咬み殺せばいいだけの話なのだが、ツナの前で彼女の友人を傷つけたりしたら、きっと彼女はおこるだろうし、悲しむだろう。
彼女が、だれかを想って悲しむなんて絶対にごめんだ。
雲雀以外の事は考えてほしくないのに。
今日は今から彼女と二人きりでいて、明日も明後日もずっとずっと一緒にいれたらいい。
いつも雲雀と一緒にいて、彼女は雲雀の恋人なのだから、誰も手を出さないように見せつけたい。
そのためには、もう少し、あと少し、彼女にはちゃんとわかってもらわないといけない。
二人きりにもなりたいし。
雲雀は考えて、ぼんやりとしたまま椅子に座りこんでいるツナを立たせようと手を差し出し、椅子から立ち上がらせようとしたが、ツナのからだはふにゃふにゃになっていて、ぐにゃぐにゃ。
キスのショックか告白のショックかへろへろになっている。
これではツナ自身が自力で移動できそうにない。
それに、こんなツナをこのまま放っておくわけにはいかない。
ツナはいつでも隙だらけだが、今は特にひどい。
こんな状態では、何をされても気付かないだろう。
雲雀はどうしようかと少し考えてから、ツナが歩けないなら、自分で運べばいいかと考える。
作品名:Love Shock(前編) 作家名:浅田リン