満月の夜の恐竜機械
2
食堂から、光が漏れていた。どうも、先客がいるようだ。
(チータスかラットルが、起きだしてきたのかな?)
マグカップを片手に持ったライノックスは、一寸立ち止まって首を傾げた。夜遅くにこの場所に出没するのは、たいてい、この二人のどちらかだ。チータスは空腹で目が冴え、ラットルはただ口寂しくて、食料棚を漁ったりする。
(さて、何か食べるもの、あったっけ……?)
二人の好みと買い置きの在庫をあれこれ思い浮かべながら、ライノックスはドアの前に立った。自動開閉のドアが開く。
「おや」
ライノックスは思わず声を出してしまった。珍しいことに、冷蔵庫の前にいたのは、煙草を買いに出ていたダイノボットだ。何故か傍目にも分かるくらいのおろしたてのTシャツに着替え、片手にこれまた真新しいウォッカのビンをぶら下げ、もう片方の手を冷蔵庫のドアにかけている。ダイノボットは、ライノックスと目が合うと、何とも言えない微妙な表情をした。
「……起きてたのかよ」
「今日は、ボクが夜番なんダナ」
「ああ……」
ダイノボットはあいまいに頷くと、冷蔵庫を開けることなく、その場を離れた。
「そりゃ御苦労」
ライノックスの横を通って、部屋を出ようとする。すれ違い様、ウォッカの香りが強く匂った。そして、その額に、湿った赤黒い傷口が裂けるように開いていた。
「ちょっと待った!」
ライノックスは、ダイノボットの肩を掴んで引き止めた。
「怪我してるじゃないか!」
振り向いたダイノボットの表情が、はっきりと『不機嫌』に変わる。
「たいしたことねーよ」
「いいから戻るんだ!」
ライノックスは、その体格を活かして、ダイノボットをダイニングテーブルまで押し戻した。両肩を抑えて、強引に椅子に座らせる。力に任せて有無を言わせないのは、ライノックスの意には染まない方法だが、ここの連中相手に主張を通す為には時に必要だということも、分かってきたところだ。圧力で圧倒するのだ。
「すぐ応急キットを持ってくるんダナ。待ってなサイ」
「処置はもう済ませたぜ?」
「酒で洗うなんて、治療の内に入らないよ」
ダイノボットの目が、大きく見開かれた。
「……テメエ、どうして分かった?」
「口じゃなくって、頭から、アルコールの匂いがぷんぷんしてるよ」
そう、ぶら下げていた酒ビンは、飲む為ではなく消毒用だったのだ。Tシャツもおそらく、血糊で汚れたためにやむなく着替えたのだろう。ライノックスは内心、ため息をついた。
(まったく、物資の途絶えた野戦病院じゃあるまいし!)
一旦部屋を出て、応急キットを持って戻る。嫌そうな顔をしていたのでいなくなるかとも思ったが、ダイノボットは、律儀に椅子に座って待っていた。
「さ、見せて」
「ちょっと待てよ?! これくらい自分で出来らあ」
キットを机の上に置いて近づくと、ダイノボットは慌てて腰を浮かした。ファーストエイド用の薬やテープがぎっしり詰まったボックスを、自分の方に引き寄せようとする。ライノックスは、その動きを制した。しっかりと目を見つめ、強い調子で言い含める。
「傷の状態を診たいんだ。それに、こんな処置で満足しているような奴には、とても任せられない」
「……チッ」
ダイノボットは、渋々、といった体で、椅子に座り直した。長い足を乱暴に投げ出し、椅子の背もたれに体を預けて、腕を組む。
「そこまで言うなら、煮るなり焼くなり、好きにしやがれ。テメエの気が済むまでな」
一睨みしてそう吐き捨てたダイノボットに、ライノックスは、礼儀正しく、微笑んでみせた。
「ありがとう。是非、そうさせてもらうよ」