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生まれ変わってもきっと・・・(前編)

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暫くしてそっと目を開けて身体を起こすと、二人の無事を確かめた。二人とも目を開けて、無言でお互いの無事を確認しているように見える。エースが双子を本気で切ろうとしていたのは、アリスの髪が地面に散らばっていることからも疑いようが無い。アリスの髪を切り落とした剣先は、助けようと駆け寄ってきたユリウスの喉仏の少し上に食い込んでいる。微妙な力加減は、この場の誰かの不用意な動きで崩されるかもしれなかった。
ハートの騎士は一人笑顔を見せる。

「危ないな~。間違えて切っちゃうとこだったよ。」

今日の空のように明るく爽やかな声が、アリスに話しかけた。身を挺して双子を背後に置きながら、じりじりと距離を取るアリスは、キッとエースを睨みつける。彼女の髪がごっそりと左側の肩口から背中にかけて斜めに切り取られているのをアリスの背後から見たディーとダムは、顔を見合わせ眉を寄せる。

「へえ、君ってそういう瞳も出来るんだ。いいね。ゾクゾクするよ。」

先程の爽やかな笑みに些か悪意の混じったような表情の騎士が、アリスに向かって手を伸ばす。悪意の影を含んでいても人を魅了するような笑顔で掌を上に向け差し出す様は、まるでエスコートする騎士。
そんなエースの瞳を見ながら、この差し出された手に応えなければ彼の不興を買うことになり、その後にどんな状況が待っているのかと思いを巡らせる。きっとこの場所は赤く染まるのだろう。そこに一人立つ騎士。ふとそんな事を考えた。

「駄目だよ、お姉さん!」

左右の耳から入ってきた二声が意識を現実に引き戻す。アリスが伸ばしかけた腕を、二人がかりで後ろから抱きついて止めていた。赤と青の瞳が必死に訴えている。行かないでと。

「お姉さん、こんな奴に付いて行っちゃ駄目だよ。」
「そうだよ、もう直ぐボスが来てくれるから。」

ダムが言ったボスという言葉にドキリとする。後ろが燕尾状に割れた白い上着で乗馬でもするような出で立ちに、妙な飾りや値札を付けたシルクハットを被るいつもだるそうな男。アリスにとっては自分を振った昔の男と同じ顔を持つ男で好印象ばかりではないのだが、それでもブラッドなら助けてくれるかもしれないと思わず期待してしまう。

「ふ~ん。帽子屋さんが来ると面倒だな。どうするのアリス?」

エースの声は先程の晴天の明るさと爽やかさを失っていた。陽は同じ様に差しているのに肌寒い。騎士の顔がユリウスのほうを向く。アリスもつられて視線を向けた。剣先が首に赤い線を描くとジワリと滴る赤い血が見る間に着衣を赤く濡らしていく。ユリウスは眉をしかめた。
アリスの大きく見開かれた明るい緑の瞳に言い知れぬ恐怖が宿る。

「エースやめて。行くから、貴方と。」
「お姉さん!」
「行っちゃ駄目!」

「二人とも、私は大丈夫だから。また遊びに来るね。」

抱きついた腕に力を込め引き止めるディーとダムを交互に見ながら、アリスは二人を安心させる言葉を選ぶ。だが、その顔は恐怖に強張る。剣を鞘に収めたエースの手がアリスに伸びるのを見たユリウスは、そっとコートのポケットから工具を取り出すと銃に変えた。
パン!と乾いた銃声が響いた瞬間その場の動きが止まる。空に向けた銃口から薄く煙が上がって行く。

「エース、やめろ。私には何も出来ないと思っているのか!」

両手で銃を構えたユリウスが声を荒げるが、エースは自分に向けられた銃には関心が無いようにアリスにのみ注目する。銃声で一瞬動きを止めた手が、そっとその細い腕に触れた。

「ほら、放せよ。君達のお姉さんは俺と行くんだってさ。」

ディーもダムも、相手がいつもの鍛錬に付き合ってくれる時とは全く違う気迫だということくらい刃を交える前から解っていた。今必要なのは時間稼ぎ。ボスが来るまでの間は、訪ねて来た客人アリスを自分達で守らなければいけない。それが自分達に課せられた仕事だ。なのに先刻は護るべき相手に護られてしまった。普段はフラフラしていても、マイフィアの一員としてのプライドは持っている。これ以上失態は重ねられない。

「嫌だっ! お姉さんは行かないもん。」
「そうだ。僕達といるんだっ!」

エースには敵わない。だがアリスを足止めすることで時間稼ぎが出来そうだと判断すると、彼女の瞳を覗き込み、子供の武器でもあるかわいらしさで引き止め始める。お願いだからあと少し此処に居て。
エースは抵抗する子供達を力づくで引き剥がすと、アリスを抱き上げてユリウスを振り返った。

「ユリウス、俺達は先に時計塔に帰ってるよ。」

だが彼は門の方に注目し返事がない。歩き始めたエースの背後で不機嫌な声がした。それは何か特別な言葉を発したというわけでもなかったがその場に居る者を威圧する成分を含む声だった。

「人の屋敷の前で何の騒ぎだ?」

この領土の領主が、開いた門の壁に腕組みをしながら寄り掛かる。いつもの白い上着も派手な帽子も被ってはいなかった。リボンすらしていないシャツが開けている。
ディーとダムは立ち上がるとブラッドに駆け寄りながら口々に叫んだ。

「ボス! お姉さんがあいつに連れ去られちゃうよ!!」
「あいつが僕達のこと本気で殺ろうとしてたのを、お姉さんが助けてくれたんだ。ボス、なんとかして。」

外出など殆どしないユリウスが銃を片手に此処に居るのを不審気に見ながら、立ち去ろうとする騎士を呼び止める。

「ハートの騎士、お嬢さんを如何するつもりだ。」

「ははっ・・ごめんね、帽子屋さん。俺とアリスの痴話喧嘩に子供まで巻き込んじゃって。でも、もう仲直りしたから安心してよ。」

振り向いたエースはいつもの爽やかな笑顔でやんわりとブラッドの介入を拒否する。ご丁寧にアリスの頬にキスをしてみせると、彼女に同意を求めた。

「ねえ、アリス。」

アリスは俯いたままで返事がない。

「違うだろ!嘘吐き。」
「お姉さんを返せ!」

ディーとダムが激しく反論するがエースは取り合わない。
ブラッドから表情は見えないが、騎士の腕の中に大人しく納まる彼女が否定しないと言う事は同意と同じと受け取ると、その髪が無残に地面に散らばる様を見て眉を顰める。

「これはまた激しい痴話喧嘩だな。仲が良いのは結構だが、人の昼寝の邪魔をしないでくれないか。それで無くとも昼はだるいんだ。」

その言葉を残し立ち去ってゆく。エースもアリスを連れて歩き始めた。
ディーとダムは悔しげに呟く。

「なんだよ、大人なんて全然頼りにならないじゃないか。」
「本当だよ兄弟。当てにしちゃ駄目だね。」

その言葉を聞き、まるでアリスに責められているような気分でユリウスもこの場を離れた。そんなにエースと距離が開くほど遅れて歩き始めたと思わなかったが、時計塔へ続く道に先に歩く筈の二人の影は無かった。

★2.  エースの慰め

エースに抱かれて時計塔への道を戻る。