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モン・トレゾール -私の宝物-

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「アムロ、元気ないわね」
ミライはここ数日のアムロの覇気の無さをブライトに話した。
「ああ。なんだろうなぁ。最初にここに来た時のあいつに戻った…いやいや。それ以上に淋しそうだな」
ブライトもアムロの調子が気になって見ていただけに、妻の言葉に同意した。


 アムロがノア夫妻の店に来たのは、15の夏。
父親が死んで、それなりな金額を有してはいても消費するばかりの生活を何とかしたいと、求人張り紙を出していたこの店に来たのだった。

当初は、仕事は出来るもののあまり笑わず、他の同僚とも話をしない、どちらかと言うと根暗な印象を与えていた。
食事も碌に取らず、バイト代は本代に消えている様子を見たブライトが腹を立て、アムロの頬を平手打ちしたのだ。

「叩いた!叩いたわね!!父様ですら私を叩いた事、無いのに!!」
怒りと痛みに眼を潤ませながら睨み付けてくるアムロを、ブライトが再び叩いた。

「一度ならず二度まで!よくもっ!!」
「ああ!叩いた。叩くとも!バイトとは言え自分の所の従業員が不健康な事をしていれば、人の親として諌めるのは当たりまえだ。叩かれずに大きくなった奴なんていない。そもそも子供なんてものは悪さをする生き物だからな。善悪の基準が無いんだから。その基準を与えるのが親の務めだ。叩かれずに育ってきたのなら、お前さんの親は親としての務めを放棄していたと言う事さ」
「父様の事を悪く言わないでっ!何も知らないくせに!!」
「ああ、知らんな。そもそもお前さんは何も俺達に話してくれていないだろうが?自分から近寄りもしないでおいて、理解してくれ察してくれってのは、土台無理な話だ。そうは思わんか!ええ?」

ブライトは今まで思っていた事を一気にアムロへと叩き付けた。
アムロの顔が怒りの赤から羞恥の赤へと変わる。

「アムロ。お前さんの知能指数は高く勉強も出来るのだろうよ。事実、スキップで大学生だからな。だが、人との係わり方が下手くそだ。もっと他人と係わりを持てよ。知らない奴が嫌なら、俺達夫婦からでいい。なぁ?」
ブライトは声音を和らげると、諭すように話しかけた。
アムロの頭がジリジリと俯いていく。自分の過ちに気付いたのだろう。

「ごめんなさいね。女の子に手をあげるなんてマネをさせてしまって…。でも、私もブライトも貴女の事が心配でいたの。一人っきりで気を張って頑張る貴女の姿は見上げたものよ。でも、痛々しかったの。良かったら、私達夫婦を兄姉だと思って何でも話して?ね?」
ミライが張られて赤くなった頬に、冷たいタオルを当てながらアムロの肩を抱いた。
アムロはコクンと首を振ったが、この時から二人にとって、アムロはバイトの一人でありながら妹のようであり、信頼する友人の一人ともなっていったのだった。

 そのアムロが元気をなくしている。
バイト中は笑顔で接客し、洗い物を片付け、帳簿をつけている。
なのに、ふとした拍子に酷く淋しげな表情を浮かべてぼんやりとするのだ。
見ているだけなのも、最早限界だった。

「ねぇ、アムロ。何かあったの?ここ数日の貴女。何か……。誰かに傷付けられでもしたの?」
「だとしたら、俺がそいつを締め上げてやる。誰だ?何があった?」
閉店後のバックヤードで、PCのまえでぼんやりとしていたアムロに、二人は声をかけた。

「あっ。えっ?……別に……」
「別に何でもないなんて事は無いだろうがっ。お前の様子を見りゃぁ」
「そうよ。私達に隠し事なんてしないで。そんな事されたら、私達が淋しいわ」
ミライに抱き込まれ、ブライトに頭を撫でられて、アムロはつい、ポロリと涙を落した。

「「ア…アムロ?」」
夫妻はアムロの涙に吃驚した。

どんなに辛い事があっても、アムロは涙を見せなかったのだ。そのアムロが……

夫妻は互いに視線を合わせると、アムロを覗き込んだ。
「ごっ…ごめんなさい。急に泣いたりして……」
「いいのよ。泣きたい時だってあるわ」
「そうだぞ。泣きたい時は泣いた方が楽になる。一度思う存分泣いちまえ」
二人の優しい言葉に、アムロは堪えきれずに大声をあげて泣き出した。父が死んだ時ですら泣かなかったのに、まるで堰が切れたかのように涙が溢れてくる。
アムロはミライの胸に抱かれながらひとしきり泣き続けた。