化物語 -もう一つの物語- 其ノ貳
「まあ、そうなんだけれど……。でも、お兄ちゃん。その……前から、それもずーっと前から思っていたんだけど」
「何だよ」
「お兄ちゃん、もっと自分のこと、大事にした方がいいよ」
「…………」
「お兄ちゃんは、自分のことを、大事にしていない」
「大事に――ね……」
その言い方は――どことなく、羽川に似ていた。
「昔からお兄ちゃんが変わらないでいてくれるのは嬉しいけど――妹としてもね。けど、変わった方がいいところもあるんだよ。例えば、自分に対する見方。お兄ちゃんはいっつもそう。自分のことを大事にしていない。自分のことを好きなんて言ってない。自分のことを嫌っている――いわゆる、自己嫌悪ってやつ?」
「自己嫌悪って――」
「でも、お兄ちゃんはそれだけじゃない」
言いかけた僕の台詞を遮り、月火は続ける。
悪いことは何もしていないのに、説教されているみたいだ。
「他人を助けるためなら、自分はどうなってもいい、他人の都合は考えるけれど、自分の都合は考えない。他人を助けるために――命すらも投げ出す、自己犠牲。お兄ちゃんは、自分の命を軽視しすぎている。それが一体、どれだけの人に心配を掛けているか、分かってる?」
「それは……分かっている。けれど」
「放っておくことはできない? 他人を」
先回りして、言葉を言う月火。
「……そうだよ」
あのな、月火ちゃん。お人好しなんだよ、僕は。みんな曰く。
それに、見えていて、自分が助けることができる人を、見ぬ振りしておけない。
見て見ぬ振りは――僕にはできないのだ。
と、月火に対して、僕はそう言った。
あの童女のように、僕はキメ顔でそう言った。
「そっか」
明らかに納得はしていないだろうが、これ以上言うことを諦めたみたいだ。
言うのも呆れてしまったのだろうか。
「じゃあ、お兄ちゃん。最後に一つだけ聞くね」
「ああ」
「何でお兄ちゃんはあんな風に、他人のために自分を犠牲にできるのかな? 他人のために、動くことができるの?」
「…………」
「自分を殺して、殺して、殺し続けて。……お兄ちゃんは、どうしてそんなことができるの?」
「…………」
「教えて」
「…………」
やりたいことは――何なの?
そう言い残して、月火は僕の部屋から出て行き、学校へと向かった。
正義の味方、ファイヤーシスターズ。
格闘家、阿良々木火憐。
参謀家、阿良々木月火。
彼女たちもまた、僕と似たり寄ったりのことをしている。
まあ、僕程酷くはないだろう、と信じているが。
しかし、そんな彼女たちから見ても、僕のそれらは不思議なのだろうか。
僕があんな風なのが、不思議なのだろうか。
僕が、人を助けるということが。
まあ――昔と今だと、『助ける』ということへ対する、意味合いが違うのだが。
いつからだっけな――
「あ……そうだ……。羽川に電話しないと……」
結局、あれから動揺してばかりで羽川に電話をしていない。
電話をするなら早めにしておかなければ。
携帯のアドレス帳を開き(相変わらず、羽川以外の人物のアドレスが表示されることはなかった)、電話を掛ける。
すると、三回くらい音が鳴ったところで、
「お待たせしました。羽川です」
と、羽川は電話に出た。
……この世界でも、羽川は変わらないんだな。
規律正しく、律儀だ。
「どうしたの? 阿良々木くん。朝から電話なんて。しかも学校にも来ずに。またサボるのかな?」
「あ……いや、違う。そうじゃなくて。僕、今日風邪引いたから……。学校を休むんだよ」
「ふうん。確かに、言われてみれば、声がいつもと違うね。……うん。分かった。じゃあ、保科先生にも伝えておくから」
「ああ。頼んだ」
と、ここで僕は「じゃあ、よろしく」とか言って、電話を切る。
そのつもりだった。
それは――突然だった。
突然で、唐突で、予測なんてできなかった。
いきなり激しい頭痛が――僕を襲う。
「うっ――!」
痛い、何てそんな軽いものじゃない。
頭が割れてしまいそうだ。
超音波を聞かされているみたいな――激しいものだった。
そして、頭痛はどんどん激しくなっていく。
「う……うわああああああああああああああああっ……!」
「え!? ちょっと、阿良々木くん!? どうしたの?」
羽川の心配する掛け声が、携帯越しに聞こえる。
ただ、聞こえるだけで、それを理解できたかと言えば――怪しい。
考える――思考能力が、追いつかない。
それ程まで、僕の脳を痛めつける――頭痛。
「お……お兄ちゃん!? 大丈夫!?」
と、さっき部屋から出て行った月火ちゃんが戻ってきた。
「つ……きひ……ちゃん……?」
「大丈夫!? お兄ちゃん、しっかりして!」
「阿良々木くん! 阿良々木くん!」
羽川と月火の声が重なる。
その二つの声に返事をしたかったが――僕は完全に意識を失った。
僕の記憶は、ここで遮断されたのである。
作品名:化物語 -もう一つの物語- 其ノ貳 作家名:神無月愛衣