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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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ノスが来たりてノスと書く

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慣れない自宅での生活は、どこになにがあるか分からずいちいち手間取った。が、さほど広くないアパートで物の置き場所は限られている。思い出すより早く覚えてしまった。

ナマモノの類いは俺の友人という人が処分してくれたらしい。冷蔵室の中はガラガラだった。
冷凍庫の方は手を付けずにいてくれたようで、それなりに物が入っていた。
中の物を一つ一つ手にとって検分している時、初めて「それ」に気付いた。

バニラアイスの蓋に黒いマジックで書かれた文字。
子供が書いたような力強い直線の組み合わせは、「ノス」と読めた。

やがてその二文字は、部屋のあちこちで見つけることになる。

窓際に積まれた映画雑誌の裏表紙に「ノス」。
壁に掛けられた大きな洋凧の翼に「ノス」。
棚に並んだ8mmビデオのテープのラベルに「ノス」。

気付いてみると、この部屋は太いマジックで書かれた「ノス」だらけだった。
俺自身が自分のサインとして書いたのかとも思ったが、俺の名前はどうやっても「ノス」とは読めない。
何の記号だろう。どういう意味なんだろう。
俺が意味を忘れているだけで、世間では何か意味がある言葉かもしれない。そう思ってインターネットで検索してみたが、めぼしい情報は無かった。

ビデオテープのラベルには、細いペンで日付と「河原にて」という文字が添えられていた。
「ノス」についての手がかりがあるかもしれない。
ビデオデッキにテープを入れ、再生ボタンを押した。