ボクの扉
「……ウォルター」
アンディの固く引き結ばれていた口が解け、低く小さなかすれた声がそこからもれる。
「……えっ、ああ!」
見ていたにもかかわらず、あまりの意外さに驚いて、ウォルターは上ずった声を出す。
「なになに!? どした?」
開いた唇をそのままに、わずかに震わせ、少しためらっていた様子のアンディが、口を閉じてキュッと唇を噛み、それから布をつかむ手をゆるめ、顔をしっかりと布から出し、改めてウォルターを見据えた。
先ほどの生彩に欠ける目ではなく、しかしそれはまるでウォルターをとがめるような厳しいもので、強い視線だった。
アンディはその目でウォルターをにらみつけるようにしながら、ぼそりと吐く。
「……ボクの監視?」
ウォルターは口を大きく開いて『あー……』と発声練習のように意味のない言葉を出す。
いや、違う。そうだけれども、違う。自分は、確かにそういう含みのあることを頼まれたけれども、違うんだ。
「……様子を見て来いとは言われたけど……俺は遊びに来たんだぜ」
ほら、とカードを示す。
無言でそれを一瞥して、アンディはまた布の中にもぞもぞとおさまった。
「……別に、気を遣わなくていいよ。ボクのことは放っといて。見てなくても大丈夫。暴れたりしない。おとなしくしてるから。……部屋に戻ったら?」
「いや、そうじゃなくて!!」
ウォルターは焦って急いで箱の中からカードを取り出して広げる。
そして笑いかける。
「ガキはガキらしく、遊んでようぜ、アンディ」
「……」
アンディの目がまた暗く沈んでいく。抱えた膝をもっと身に引き寄せて、そこにあごを乗せて、さらに小さくなり、布をきつく体に巻きつける。
完全に閉じこもる体勢だ。
カードを広げるウォルターの動きが止まる。
少なくとも遊ぶ構えじゃない。
「……そんなの、なんの意味もないよ」
重たく口が開かれ、低い声でぼそっと言われる。
ウォルターは慌てた。
「いやいや、意味があるとかないとかじゃなしに、遊ぼうぜ? ほら、仲良く!!」
アンディの眼帯をしていないほうの目が大きく見開かれる。すぐにそれは伏せられ、戸惑い、ためらいながらといった様子で、ぽつりぽつりと言葉を出す。
「……ウォルターは、怖く、ないの? ……ボクは、化け物だ」
「は? 俺がおまえ『怖い』とか、なめんな!!」
「……」
目を吊り上げて力いっぱいに怒鳴り返して、返ってきた沈黙に、ウォルターは『しまった!!』と思う。
『…………』
ぽかんとしたアンディと黙って数秒見つめ合う。
先に目を逸らしたのはアンディのほうだった。
「……ボクは、怖いよ」
ほとんど唇を動かさずに出された言葉。
『だよなぁ~』とウォルターはがっくりとして、床に向けて『はあぁぁぁっ』と大きなため息を吐く。
昨日は医務室だったし、怖い思いをしたんだし。まだよく知らない相手だし。こんなふうにいきなり感情をぶつけられても、やっぱり怖いだろうし。
……今までも今までだ。
くしゃっと赤い髪をかきあげて、ウォルターは息を吐いて、カードをしまい、立ち上がる。
静かに、ゆっくりと。
「悪かったな。もう邪魔しないから、ゆっくり休めよ。何かあったら……」
呼べよ、と言いかけて、それはないか……といったん口を閉じて、あいまいな笑みを浮かべてまた口を開く。
「……まぁ、俺は自分の部屋にいるからさ」
『何かある』といったら、アンディが自分で呼べる状態ではないだろう。そうでなければ、呼びもしないだろうし。この性格では。
ウォルターは部屋を出て行こうと扉に向かって歩き出す。
扉に手をかけた時、背後から小さな声がした。
「……傷つけたくないから」
ハッとして振り向いて、ベッドの上のかたまりを見たが、それはまたさらに小さくなるだけで。それ以上なんの言葉も発しなかった。
(なんだったんだ、今のは……)
ふうと小さく息を吐き出し、ウォルターは『じゃあな』と言って扉を開けて、部屋を出る。
パタン……と扉を閉めて、そこで気付く。
アンディが怖いのは、自分自身だ。