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ボクの扉

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(……まぁ、何も思わなかったって言えば、嘘になるんだろうけどさ……)
 頭上に輝く太陽がまぶしい光を投げかける。
 ウォルターは、街の一角に開かれた市場の中を歩きながら、ぼんやりと思う。
 あの小さな体に信じられないほどの力。
(だからって……)
 布を巻きつけて縮こまる小さな体。
 体だけじゃない、……心までも。
 自分の力を恐れ、他人を傷つけないように、必死に自分の中の恐怖と戦っている、……あの小さなこども。
(あんなのは……)
 市場の陽気な空気に溶け込めず、自分の思考に沈み、ウォルターは知らず重たいため息を吐く。
 今にして思えば、あのとがめるような目つきも、『放っといて』という言葉も、ウォルターを遠ざけるためのものだったのだ。
 だからって。
(そういうわけにいかねぇぞ……)
 空をにらんで、苦く舌打ちする。
 思い出される、頭から布を被り、膝を抱えて、うつむく、孤独な姿。暗く沈んだ片方の目。
 あそこで勘違いをしてすんなり引いて部屋を出てしまった自分に憤りを覚えずにはいられない。そして、そうさせたアンディにもだ。もどかしい。苛々する。
 とにかく、仕事は終えたんだし、早く戻ろう。せっかく市場の中を通っているが、何か見て歩くような気分じゃない。実際、その足は止まらず、もう少しで店も途切れる。ウォルターがそう思って足を速めた時だった。
「お兄さん。機嫌悪そうだね。せっかくの市場なのに、こんなにいい天気なのに。もったいないよ。止まって見ていきなよ。ほら、おみやげにどうだい?」
 すぐ横の店からだ。張られた青いシートの下で、木の台に布をかけて、その上に商品を並べ、その横に椅子を置いて腰掛けている、同年代らしき若い男。
 今までにもいくつか声はかけられていたが、そのどれも足を止めるほどではなかった。それなのに。
 ソバカスだらけの顔に人懐っこい笑みを浮かべたその男は、今日の天気のようなカラッとした明るさで一息に言ってのけ、注意を引きつけた。
 ウォルターが足を止めて振り向くと、男は立ち上がって手に持った商品を『ほら』と押し付けるように差し出した。
 しかし、嫌な感じはしない。その男はまるで旧知の間柄のように親しげに振る舞った。
 気持ちを解され、思わず商品を受け取る。
「万華鏡……?」
 円い筒の穴から中を覗き込むと、色紙やガラス片の作る様々な模様が目を楽しませた。
「手作りなんだ。同じ物はふたつとないよ。おれが作ったんじゃないけど。キレイだろ?」
 店の男は照れたように笑って、それでも得意そうに、胸を反らして言う。
「ああ、まぁ……な。んー……」
 くるくると回しながら考える。
 見ていても、やっぱり浮かぶのは、アンディのことで。
(アイツ、これなら……)
 自分のためなら買うほどじゃないけれど、試しに買っていってもいいかもしれない。喜ぶかどうかわからないけれど。アンディの部屋は殺風景だし。何か楽しめるものでもあったほうが。一緒に遊ぶのは嫌でも、これならば。
 ウォルターはニッと笑った。
「これ、買うわ。ひとつ」
「はいよっ」
 手の中の物を渡すと、男も嬉しそうに笑って受け取り、それを慣れた手つきで紙に包みだした。そうしながら言った。
「天気が悪くても、心が曇ってても、見られるキレイなものだってあるよ。……はい」
「サンキュ!」
 品を受け取って、代わりにお金を渡し、軽く手を振ってその場を離れる。
 男の言葉が、そうであればいいという願いとともに、心に残った。

 ……まぁ、自分以外の誰かにも。


作品名:ボクの扉 作家名:野村弥広