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ボクの扉

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 部屋にいないアンディを捜して、本部内をうろうろとする。すでにいろいろと済ませて、手に例の物のみを持って。
 通路の途中で、金髪おかっぱ頭の小柄な後ろ姿を見つけた。
「あっ、いた! おい、アンディ!!」
 声をかけると、ゆっくりと振り向く。
 眼帯をしていない方の目が、ウォルターの勢いに驚いたのか、大きく見開かれていた。
「……ウォルター、何か用?」
 すぐにその目がスッと細められ、アンディが訝しげに訊ねる。足は止めたものの、ウォルターに近寄ろうともしない。その場で答えを待っている。
 ウォルターは大股でその距離を縮め、アンディのすぐ側に立つと、怪訝そうな顔をしている相手に、手に持っていた物を差し出した。
「はい、これ。おまえにやるよ。プレゼント」
 二カッと笑いかける。当然、相手は受け取るものと思っていた。貰うかどうかはともかく、まずは手に取るだろう、と。しかし、いつまで経っても手が出ない。
 『あれ?』と首を傾げつつ、再度受け取るように差し出して、言葉を続ける。
「おもちゃだよ。万華鏡っていって、この穴から中を覗くんだ。回しながら。見てみろよ。キレイだぜ?」
 市場で見かけて、これならひとりでも見られるし、キレイだから気に入るかと思って……などと考えたことを話す。
「……」
 アンディが髪を揺らしてうつむく。
 ジリッ……と足が後ろに下がった。
「おい、アンディ……」
 あせって名を呼ぶと、その小さな口が開いた。
「いらない」
「いらないって、おまえ……」
 信じられないという気持ちで呆然と出された言葉を繰り返す。
 まだ手に取ってさえいないのに? 見てもいないのに?
 ゆら……と小さな体が揺れて、アンディが顔を上げた。その目は、半眼に閉じられ、ウォルターをきつく見据えて。
「そんなもの、ボクには必要ない」
 感情のこもらない低い声で強くはっきりと言い切る。
「余計なお節介だ」
 それだけ言うと、ウォルターの返答を待たずに、さっさと踵を返して行ってしまおうとする。
「おいおい、アンディ……」
 歩き出すアンディの背中に声をかけるが、アンディは振り向かず、足も止めない。
 ウォルターはがっくりとしてその場にしゃがみこんだ。
 その手から、万華鏡が落ちて、足元に転がる。
(ええぇえええ~っ……)
 そんなのアリか、という内心だ。
 何かが気に障ったのだろうか。それとも、本当に余計なことだったのだろうか。アンディが喜ぶだろうと思っていたわけじゃないが、まさか手に取りもしないで、見もしないで、『いらない』と言われるとは。っていうか、『必要ない』って。『お節介』って。
(悲しいぞ、アンディ……)
 ちょっとじゃない。かなりショック。
(立ち直れねぇ……)
 床に手をついて、床とにらめっこする。これが己の部屋だったら、今頃床を転げ回っているところだ。ごろんごろんと。
 それもできないで、はあっ……と大きなため息を吐く。
 空しい。
(ちょっと浮かれてたか、俺……?)
 そうは思えないけれど、少しは市場の雰囲気に影響されていたのかもしれない。こんなものを買ってきてしまって。
 床に落ちた万華鏡をちらっと見て、片方の手のひらで顔を覆う。
(参ったな、こりゃ……)
 その場に座りこんだまま固まる。
 少しして、トタトタトタと足音がして、それはゆっくりと近付いてきていて、やがて自分の前で立ち止まったことに気付いて、ウォルターは顔を上げる。
 アンディが目の前に立っていた。去っていったはずのアンディが。
 ウォルターの前に突っ立って、大きな真ん丸い目でじっとウォルターを見下ろしている。
 少し首を傾げて。
 ウォルターは信じられないと目を見開く。
(……嘘っ!? 戻ってきた? 俺がしゃがみこんでたから!?)
 何やら言いたそうに口を薄く開いたアンディが、ためらいを見せて、ハァとため息を吐いて、ウォルターの向かいにしゃがみこむ。
 そして、ウォルターの足もとに転がっていた万華鏡に手をのばす。
「……見れば、いいの?」
「ん? おお」
 ウォルターは喜んで万華鏡を手渡す。
 受け取ったアンディが、その瞳に微かな、しかし確かな好奇心の輝きを見せて、万華鏡を覗き込む。慣れない様子でぎこちなく円筒を回しながら、顔を少し上向けて、首を少し傾けて。
 こどもらしい、あどけない顔をしていた。
 やがて、小さく開かれた口から言葉が漏れた。
「……キレイだね」
「だろ?」
「うん。キレイだ。……でも」
 スッ……と万華鏡を下ろしたアンディが、言葉半ばでためらい、いったん口を閉じ、また重たく開いて言った。
「別の世界だ」
 そう言って、『はい』とウォルターに万華鏡を返そうとする。
「別の世界、って……」
 何を言うのかと呆気に取られて、受け取るはずの手がとっさには動かない。
 ……確かに、天国みたいに美しく眩しい景色……というか模様……だとは思う。この小さな円筒の中で、およそ何の役にも立たない紙クズやガラス片の合わさってできる、華のような模様。覗き込めば広がる世界。確かに別の世界のようだが。
 ……アンディのその言葉は違う。
「そんなことねぇだろ。それを作ったヤツだって、同じ世界にいるんだぜ。この世界のどこかで、笑ってるかもしれないし、泣いてるかもしれない。それはわからない。でもな、アンディ。そんなキレイなものを作れるヤツが、同じこの世界にいるんだ」
 まあ、天国に行っちまったってんなら別だけど……と続けて、少し後悔する。軽く言うようなことじゃなかった。
 そうだとしても、と言う。
「それでも、こんな小さな物だって、この世界の一部だろ。俺たちが手にしちゃいけないなんてことはないさ」
 拒絶するように万華鏡を返そうと突き付けてくる相手に、微笑みかけて話す。
 アンディが今までいた世界では、見られないものだったのかもしれない。必要のないものだったのかもしれない。欲しちゃいけないと思っているのかもしれない。
 けれど。
 ……世界っていうのは、どんどん広がるものなのだから。
 この世界ではない『別の世界』ではなく、今まで知らなかった『別の世界』。つまり、同じ世界にある別の部分。世界の一部分だ。


作品名:ボクの扉 作家名:野村弥広