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ボクの扉

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 ウォルターの口から出る言葉を不思議そうな顔をして黙ってじっと聞いていたアンディが、ふっと目をふせる。コトン……とウォルターの足元に万華鏡を置いて、静かな声で言った。
「……でも、ボクには遠い」
 自分はおそらくもうこんな普通の人の暮らす世界には入れないだろう。こんなささやかでもきらきらとした光を放つ、幸せな世界には。
 別じゃなくても、遠い。
 ……その考えが、ウォルターにも伝わった。
 自分だって赤い鴉だ。
 罪人の真っ赤な血を浴びる身で、まさか普通の人々の間に入れるとは思っていない。
 ……だが……。
 ウォルターはアンディが足元に置いた万華鏡を手に取り、両手の間でころころと転がす。
 こうやって、これは確かに、こうして触れるものだというのに。
 それを拒んでしまう心の持ち主のほうが、実は、世界からは……。
「俺には、おまえのほうが、遠くへ行っちまいそうに見えるけどなぁ……」
 立ち去りかけていたアンディの足が止まる。
 首をねじってこちらを向く、片方だけの大きな瞳がつぶやきの意味を問うようにウォルターを見て。
 自然と口元に浮かんだ笑みを意識しながら、ウォルターはしゃがみこんだまま、赤い前髪の間から細めた目でアンディを見つめ返して。
「何も意味ない、何も必要ないって言ってると、今に本当になんにもなくなっちまうぞ。……取り戻せないって、結構つらいんだからな」
「知ってるさ」
 鋭く細めた目でウォルターをにらみつける。いや、正しくは、その向こうに別のものを見据えて、決意をこめて言い放つ。
「だから、ボクはもう何もいらない。……復讐だけだ。ただそれだけだ」
 それだけ言って口を真一文字に引き結ぶ。
「……っ」
 強い視線に縫いとめられたかのように動きを封じられていたウォルターは、アンディのその言葉の激しさに見開いていた目を痛むかのようにすがめ、小さく口元だけで緩く笑った。
(ああ……)
 目は手元の万華鏡に落ちる。
 アンディが奪われたものはたくさんある。
 取り戻せないものがいくつもある。
 こんな万華鏡なんておもちゃを喜ぶ普通のこどもらしいことだって、今のアンディには興味が持てない故にできないことで。
 頭は復讐でいっぱいで。
 それ以外を切り捨てていて。
 ……ああ、確かに、余計なことなんだろうけど。
 アンディがそう決めている以上。
 でも……。
「なぁ、キレイだったろ?」
 万華鏡を持ち上げて掲げて見せる。
「そう感じたってことはさ……記憶まではさ、奪えないだろ? いや、それも無理じゃねぇけど、でもさ……今、確かにこれを見て『キレイだ』って思ったんだろ? それがおまえだろ? それでいいじゃん。少なくとも俺はコレを買ってきた意味があったって思ったんだぜ?」
 二カッと笑う。
 その気になればもっといろいろな物が見られる。
 たとえば普通の人の人生を歩むことが無理でも、その人々と同じ景色を見ることはできる。
 同じ世界で生きていることは間違いない。
 ……『見る』ことしかできないとしても。
 なんだか戸惑った様子で、ウォルターに横顔だけ向けたまま、首を傾げていたアンディが、やがて口を開いてぽつりと言った。
「……それを見たことは、忘れないよ。キレイだった」
 そしてくるりと前を向き、トットットッと歩き出す。
 直前に見せた横顔は、いつもより力が抜けていて、わずかに頬が赤かった。
 その背中を見送り、角を曲がって見えなくなったところで、通路であるにもかかわらずウォルターは後ろにひっくり返る。
(……はぁー……)
 全身から力が抜けて、緊張していたことを知る。
 よかった、とか……買ってきてよかった、とか……あれでよかったのかな、とか……アンディ困ってなかったか、あーでも顔赤かったよな、とか……。いろいろ、いろいろと。
 なんというか。
(ダリぃ……)
 今日はごちゃごちゃと考えすぎた。疲れた。
(なんでこんな必死になってんだか……)
 そんな自分がおかしくて、『はっ』と肩を揺すって小さく笑う。
(でも放っとけないんだよな……)
 アンディの事情をまったく知らない者だったら、もう少しうまくいっただろうかと、そんなことを思う。
 アンディだって用心しているわけで。
 それは『知られているから』なわけで。
 なんにも知らない者だったら……たとえばあの市場にいた若い男ならば、また違ったやり方で、もっとアンディの気持ちを解してやれたのか、などと。
 ……まぁ、自分はこれからも一緒にいる時間がある分、ゆっくりでいいか。
 『あー……』と床に手をついてカラダを支え、天井を見上げる。足元には先ほど倒れた時に放り出した万華鏡が転がっている。これはもう、自分の部屋に置いておくしかない。もしかしたら……本当に少ない可能性だが……アンディがまた見たがるかもしれないし。
 頭に市場にいた男の言葉が、その人懐っこい笑顔とともに、思い出される。
(天気が悪くても、心が曇っていても……)
 見られるキレイなものは、目を閉じても浮かんで。
 『よいしょっ』と手に万華鏡を持って立ち上がった。
 さて、部屋に戻るとするか、と。


作品名:ボクの扉 作家名:野村弥広