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ボクの扉

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「おい、ウォルター」
 背後からの声に、『ん?』と振り向く。
 いつから立っていたのか、ジョゼフが角から半身を出して、こちらを見ている。
「おまえなぁ……」
 呆れ顔で、苦く『やれやれ』とつぶやきながら、ウォルターのところに近付いてくる。
「なんだよ……。いつからいたんだ? ジョゼフ」
「年上で先輩だぞ、俺は。敬語はどうした、っていうか……」
 ウォルターの疑問に答えず、ますます苦々しく言って、困ったように顔をしかめたジョゼフは、手に持っていた飴の箱でパカンとウォルターの頭を叩いた。
「いてっ」
 それほど痛くはない。でも付き合いでウォルターは声を上げる。
「痛いですが」
 恨めし気に上目遣いで見上げて言ってみる。
 けれども少しも気が晴れた様子はなく、ジョゼフはウォルターを刺すような目で見て、大きなため息を吐いて言う。
「いやホント、痛かったぞ、見てて。……あのなぁ、ウォルター。アンディにかまうな。いや、それはいいけど、ほどほどにしとけ。おまえはかまいすぎだ」
「なんでですか。面倒みてやらなきゃ……ってか、別にかまいすぎじゃねぇよ」
 カチンと来て、ムスッとして言い返すが、内心はひどく焦っていて、うまくいかない。
 何故いきなりそんなことを言うのか、何故憤りを見せているのか、それがよくわからない。
 動揺する。
 自分の何がいけなかったのか。
 確かにアンディをかまっていた。それを見られていた。だが、それがなんだ。
 うまく感情を処理できずにふてくされてしまったウォルターに、気にした様子もなくジョゼフは続ける。
「やさしくしてやるべき時と、そうでない時とあるだろう。今のアンディはそっとしておくべきだ。下手にかまって、おまえに頼りっきりになっちまったらどうする? そしたら、アンディはおまえに甘えちまって、もうひとりで立てなくなるだろ。今のアンディに必要なのは強さだ。逃げ道を与えて弱くしたら、この先生きてけないよ」
「……よく、わかりませんが」
 ギリッと奥歯を噛み締めて、ジョゼフをにらみ据え、怒りを抑えた低い声を出す。
「それって、本当に『強い』って言うんですか?」
「……」
 ジョゼフは無言で細めた冷たい光を放つ目でウォルターをじっと見つめ、それからふっと強張っていた顔を緩め、口元に柔らかい笑みまで浮かべ、持っていた飴の箱でまたコンコンと軽くウォルターの頭を叩いた。
「……今は、それでいいんだよ」
 飴の箱を退けて、納得のいかない顔で見つめるウォルターの頭にぽんと手を乗せ、ゆっくりと横を通り抜けて去っていく。
「とにかく、余計なことはやめとくんだな」
 ウォルターは遠ざかっていく背中にぼそりと吐く。
「……やめませんよ」
 アンディが自分で立ち上がるしかないことはわかっている。
 どんなやり方でも、それが復讐心でも、生きていくために必要なら、仕方がない。
 それは、だが、そうやって他のやさしいことすべてをはねのけ、強さだけで生きようとすれば、いつか、必ず……。
 その、時には。

 やさしい場所があることを知っていてほしいのだ。
 倒れてから初めて気付く柱でもいいから。
 何度転んでもその度にまた立ち上がれるような、本当の強さには、支えも必要なのだから。


作品名:ボクの扉 作家名:野村弥広