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夢、覚めて

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天女様が天から降ってこられたんですよ
忍務から帰った文次郎に、一年は組の少年たちが楽しそうな声をあげた。
「天女?」
意味が分からん、と眉を寄せた文次郎に、少年たちは口々に声をあげる。
ただし、文次郎は彼らの担任ではないので、十一人分の言葉を理解することは無理だ。
それを察したのか、一年は組の学級委員長が、彼らを落ち着かせて事のあらましを説明してくれた。
文次郎が忍務で出ている間、空から女が降ってきた。
摩訶不思議な姿をしていた女は、ここの常識も何もわからず、憐れんだ学園長がここに置くことを決めた。
纏めるとたった二行で終わる説明。
今は六年や五年が彼女の傍にいるらしい、と聞いた文次郎はなるほど、と頷いた。
普段なら帰ってきた文次郎に文句やからかいを寄こしに来るはずの同級生が誰も来なかった。
きっと学園長が気まぐれで置くことを決めた女が怪しいと、調査をしているのだろう。
そう、信じて疑わなかった。




「なんだこれは」
学園長に忍務の報告をした文次郎が自室に戻ろうとしたところ、件の天女を見かけた。
年は土井先生と同じくらい。明るい茶の髪、大きな瞳。同室者に負けず劣らずの白い肌。
そして、その女の周りに、色とりどりの少年たち。
五年、六年だけでなく、全ての色が集まって、そこはある種花畑のよう。
風に乗って流れてきた甘い香りに寒気がした文次郎は逃げるようにその場を後にした。
逃げるなど己らしくない。
しかし、あの女の傍にいる生徒たちの表情があまりにも気持ち悪く、声をかけることすら躊躇われた。
女を見張っているのかと思ったが、あの表情はそうではない。
何が起こっているのかわからず、文次郎は途方に暮れた。






「何をしている!」
とっさに声を荒げ、割って入った文次郎に久々知は鋭い視線を向けてきた。
「邪魔しないでください、潮江先輩」
「何があったか知らんが、手を上げるほどこいつは物わかりが悪くなかったと把握しているが」
文次郎の後ろでは、久々知の後輩である二廓伊助が涙目で頬を抑えている。
すでに一度殴ったのに、もう一度殴ろうとしたのか、と文次郎は久々知に視線を戻した。
「だって、伊助があの人のこと、おかしいって言うから。先輩だって怒りますよね」
あの人、が誰なのか言われずとも理解した文次郎は溢れ出る怒気を伊助に気づかれぬように視線に押し出す。
「……事情は把握した。だが、やりすぎだ」
文次郎の視線にたじろいだのか、久々知はそのまま背を向けた。
謝るつもりはないのか、そのまま去った久々知に文次郎は額を抑える。
「大丈夫か?」
「しおえせんぱい」
文次郎の問いかけに、伊助はぶわりと目から涙を零し、飛びついて来た。
天女と呼ばれる女がやってきてから数日。
学園のそこかしこで歪が起きていた。
生徒のほとんどが彼女の傍に押しかけ、委員会や学業が疎かになっているのが分かる。
まともに機能しているのは文次郎率いる会計委員会のみ。
否、会計でさえまともに機能しているとは言い難かった。
田村をはじめとする委員に属する生徒たちは、委員会中上の空。
左門が行方不明と探しに行けば帰ってこず。
心配した文次郎が見に行けば女と話をしている。
文次郎の堪忍袋の緒ももはや切れそうだ。
短期の文次郎がまだ切れていないのは、今学園でまともと言える思考機能を残している上級生が文次郎だけだからだ。
自分の領域に踏み込ますのが嫌いな同室者も、動物並に勘がいい同級生も、全てに疑ってかかる後輩も。
誰もが口を開けば天女のことばかり。
はぁ、と一つため息をついた文次郎は、伊助を抱き上げると腕に抱えたまま歩き出した。
目指すは彼らの領域である一年長屋だ。





「伊助、どうしたの!」
あわあわと慌てて寄ってきたのは彼らの代表庄左エ門。
次いで保健委員の乱太郎が駆け寄ってきた。
「まぁ、いろいろあってな」
伊助を下した文次郎だが、伊助は文次郎の服を離さない。
庄左エ門が離すように諭すが、いやいやと首を振るばかり。
よほど信頼していた久々知に殴られたことが堪えたのだろう。
仕方ない、とばかりに文次郎はもう一度伊助を抱き上げて、膝の上に乗せた。
「先輩、あの」
彼らより少し低い声が聞こえて、振り向けば珍しい人物がおずおずと手拭いを差し出していた。
「井戸水で冷やしてきました」
「使ってください」
しんべヱと喜三太に挟まれた形で、三年の富松が立っていた。
乱太郎がすぐさま受け取り、伊助の頬に充てる。
ようやく収まってきた涙に、文次郎はほっとしつつ、富松に問いかけた。
「お前は大丈夫なのか?」
「なんとか。ちょうどその時迷子を捜しに学園外に出ていたのがよかったのかと」
その迷子は俺と入れ違いに学園に戻っていたようなんですがね、と遠い目をしたのを団蔵と金吾が慰めた。
「……すまん」
委員会の先輩である文次郎も富松の苦労を感じ取り、素直に謝罪した。
「いえ、いいんです。むしろ委員会の時に任せてしまって申し訳ありません」
それより、と富松は顔を上げて、一年は組と文次郎を見渡した。
「あの天女様、変な感じがしたんですけど、これって俺と先輩が学園を出てたってことと関係があるんですかね」
「甘い香りか?」
「ああ、それっす。ぞわっってしたんで俺は離れたんっすけど」
お前たちは?と富松の言葉に一年は組たちが顔を見合わせる。
「あの人が来た時も変な感じはしました」
「変な感じがして、僕たちは近づかなかったんですけど」
「甘い香り、はしなかったと思います」
「うん、しなかった」
「ぞわってなんか気持ち悪かったのはちょっとだけ」
「なんかいい気分じゃなかったよな」
「立花先輩は最初警戒してましたけど、なんか学園長先生の庵に行かれてからあんな感じで」
「他の上級生の先輩方も一緒です」
「下級生の先輩方は警戒されてる様子はなかったですけど、いつの間にか」
「先生は自分たちが気を付ければいいよって」
「先輩に言ったら、どこを気を付ける必要がある?って言われて」
それで、と伊助が再び目尻に涙を乗せた。
「なるほどな」
あやすように伊助の頭を撫でて、文次郎は思考を働かせた。
「富松、今も変な感じはするか?」
「甘い香りなら。前見たくぞわっとすることはなくなりましたけど」
「俺も同じだ」
ふむ、と顎に手をあてた文次郎に、十二対の視線が集まる。
不安そうな表情の一年は組に、途方に暮れている富松。
富松の両側にはしんべヱと喜三太がいて、離れないようにぎゅっと服を握りしめていた。
誰もが不安で、誰もがどうすればいいのかわからない。
とにかく、と文次郎は全員を見渡し言葉を発する。
「あの女には不用意に近づかないこと。変な勘繰りはしないこと。他の生徒には何も言わないこと。お前ら一年が自分の身を守るのは沈黙しかないからな。何かあれば富松や俺に言えばいい」
指を立て、一つ一つ一年は組に告げていく。
彼らだけが学園にいたのにおかしくなっていない。
それは彼らが危険を察知したからか、他の要因があるからかわからないが、これ以上被害を出すわけにはいかない。
全員くるってしまえばよかったのに、とは胸のうちだけにとどめた。
「委員会は、どうすればいいですか?」
作品名:夢、覚めて 作家名:まどか