THE FOOL
冗談ぽく言われて思わずそう切り返す花村の目に映ったのは、それとは真逆の、真摯ないろを灯した眸だった。
「だから、月森達が色々気にかけてるんだろう?でなきゃ、あそこまで過保護になる理由がないし」
「ッ……俺はッ!」
「―――花村、」
言葉を遮る強い口調に、思わず押し黙る。ぎゅうと噛み締めた唇が何を意味するのかなんて、考えたくもない。それを誇示するように頭を振ると、やれやれといった様に溜息を吐かれた。その事に小さな絶望を覚えて、花村は俯いて小さく自嘲する。なんという矛盾した感情だろうか。けれども認める訳にはいかなかった。それをやってしまえば、折角保っていた足元が脆く崩れて行く気がしたのだ。
「頼る事は、悪い事じゃない」
ふいに凛とした声が辺りに響く。思わず顔を上げると、やわらかな、慈愛に満ちた眸とかち合う。
「特に花村なんかはね。月森達もそう思ってるんじゃないかな。でも花村が何も言わないから、言ってくれないから、分かっててもどうする事も出来ない。だから心配して、ああして色々世話を焼いてくれるんじゃないかな」
「…………そんなの、」
「理解ってる?」
言葉尻を捉えられて、そこで漸く花村は観念した。ああ、そうだよ!と半ばやけくそで叫ぶと、彼は嬉しそうに、そして盛大に笑い出した。
「ああクソ。すっげー腹立つ。ムカつく!」
周りも顧みず、花村は盛大に悪態を吐いた。何せ自ら蓋をして見ない様にしていた暗い部分を、何の心の準備もなしに晒されたのだ。思えばなんて強引で勝手な男だろうか。人の領域に土足で踏み込み、こちらの気持ちなどお構いなしにそこへ触れ、問答無用で抉じ開けてきた。
そうでもしないといつまで経っても認めようとしない自分に焦れて、若しくは自分の為を思っての行為かもしれないが、やられた方は多大なダメージだ。
認めるには勇気が要る。勇気を出す為にはそれ相応の労力が必要になる。それを理由にいつまでもズルズルとこの状態を引き摺っていた自分にも非はあるが、それにしてももう少し他にやりようがあったのではないか。花村は少し捻ねた気分になって、顔を横に逸らした。
「ごめんって。でも何か、凄く好かれてるよな。愛されてるっていうか」
「バッ……愛って、おま、」
とんでもない台詞が飛び出し、慌てて顔を上げる。確かに彼らから好かれているという妙な自負はあったが、他人から聞かされるとどうにもむず痒い。嬉しさと恥ずかしさでつい、顔が赤く染まる。
「好かれてんじゃん、皆から。―――俺も、好きだけど」
「は?」
思わぬ台詞につい間の抜けた声が出た。明らかにトーンの違った後半の台詞は、誤魔化しようもなく花村へと伝達される。
引き攣った笑みを浮かべてそれでも足掻こうとする己を許さぬとでも言う様に、真摯な眸が花村を貫く。喉はカラカラに乾いていて、次の言葉を発しようと目の前でゆっくりと口が開くのを、止める事など出来なかった。
「俺、花村が好きだよ」
緊張故に震える声音は、それでも確りと花村に届く。残響の様に耳に残る低音の声に何度も口をぱくぱくと開けては閉め―――それから花村はただ小さく、頷いた。