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THE FOOL

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「…なあ、男が男を好きになった―――って言ったら、お前どうする?」

 放課後の屋上。人気のない隅の方へと移動して、徐に切り出されたその言葉は正に、鈍器で強かに頭を殴られたかの様な衝撃だった。芯は鋭い痛みを伴って苛むのに、それを柔らかな上等の布地で包むように鈍い痛みがその周りを支配して、麻痺した頭は正常な判断力を失う。
目を見開いて驚く月森を余所に、花村は一度目を伏せ、それからもう一度射抜く様に月森を見詰めた。それだけで、彼は本気なのだと理解する。
 夕焼けに照らされた、切羽詰まった、けれどもどこか覚悟を決めたその姿は目を瞠るものがある。正常な思考を出来なくなった頭はそれを綺麗だな、と認識した。


 記憶を失う前まで、月森と花村は所謂恋人同士というものだった。
 甘いキスを交わしてセックスをし、睦言を囁く。
 ―――そういう、間柄だった。花村が、記憶を失う前までは。
 月森が混乱する彼を宥め以前と同じ――とまではいかなくとも、それに近い地位を獲得するのに、そう時間はかからなかった。何せ彼は頼るべき同世代の友人、若しくは気の許せる人間が限られていたからだ。
そして周りの状況も今回ばかりは味方になったといってもいい。記憶を失くそうが失くすまいが、それは周囲の――特にジュネスを快く思っていない人間にはどうでも良い事らしい。寧ろ花村がそういう状態にある事すら、誹謗中傷の格好の餌となる。現に謂れの無い、これみよがしな中傷に花村は傷付き、けれどもそれを必死で隠しては笑っていた。
 そういうところは前と変わらないのだと、安堵とも憤りともつかぬ複雑な内情を押し込め、せめて自分の前でだけは仮面を外せる様にと尽くし、そしてそれが功を為した。誰だって自分がそういう状況の時、親身になって尽くされれば嫌でも絆されるものだ。不本意な部分もあるが、お陰で今では恋人だった事実を除けば以前と同じ様な関係を、前と比べて格段に早い時間で築きつつある。
 記憶がなくとも彼には自分が一番なのだという、根拠の無い自信と暗い愉悦を奥底に飼い殺し、獲物を狙う獣のように虎視眈々と機会を窺う。今更ただ気のおける友人なんかで、満足出来る筈がない。隙あらば以前の様に、唯一絶対の地位をもぎ取るつもりだった。
 そんな折、一人の男が花村に近付いた。最初は何とも思ってはいなかった。寧ろいつ掌を返されるか、それによって実は繊細な彼が酷く傷付くのではないか、そればかりが気懸りだった。
 けれども花村の様子からそうでない事が窺い知れて、それに心から安堵し、同時に不満を抱いた。然し彼が笑って過ごせるのならばと、咎める事はしなかった。その権利を今現在、持ち合わせてはいない事を月森は自覚していたし、それは何より花村の意思を尊重していない行為だと、重々承知していた所為もある。
 それが裏目に出るなど、誰が予想し想像出来ようか。同じ未来など有り得ない。二度も奇跡は起こらない。―――知っていた、筈だったのに。
「同じクラス、なんだけど。ほら、お前も知ってるだろ?アイツ。そいつとさ…付き合う、事、になって…。その…お前には、色々世話になってるし、隠し事とかは嫌だなって。だから、その…」
 ―――軽蔑した?
 仄かに目元を赤らめ、縋る様に見詰めてくる姿にくらくらと眩暈がする。軽蔑などするはずがない。それをしてしまえば、以前の自分と花村の関係すら否定する事になる。でも、けれどもそれは―――。
 強烈な夕焼けに目が焼けて、視界が霞む。花村の姿が見えない。景色が歪んで、己の立っている場所すら分からない。
思わず俯いて熱くなった目頭を押さえると、出口を失った感情だけが身体を這いずり回り、嘔吐感が込み上げてくる。
「月森?」
 心配そうに掛けられる声音さえ、今は忌々しく、それでいて愛おしい。
 大丈夫か?とどこか遠くで聞こえる声に、近くに居るのに霞む姿に、月森はただ、ゆるりと微笑った。
「教えてくれてありがとう。俺を誰だと思ってるんだ。寛容さオカン級だぞ」
 応援するとも良かったなとも言わない、言えない自分に、花村は今にも泣きだしそうな顔で嬉しそうに笑う。何も見えないのにそれだけがいやにハッキリと目に、脳裏に焼き付き、月森は無様にも泣きたくなった。


***

 彼と付き合い始めて一週間経つ。彼の傍は温かい。心穏やかに過ごせ、繕わなくて済む。彼の隣は緊張を強いられる。時折交わされる、友情を超えた触れ合いには未だ慣れないからだ。
 現に今も、歯を食い縛ってそれに耐えている。
「できればもう少し、警戒を解いてくれると嬉しいんだけど。キス、そんなに嫌?」
 間近で問われ、益々居た堪れなくなる。それに分かっていて聞いてくる辺り性質が悪い。思わず睨みつけると、ごめんごめんと降参のポーズでもって返された。
「仕方ねーだろ。緊張、するし。慣れてなくてスミマセンね!」
「そこまで言ってないし。でも――」
 言うや否や、後頭部を掴まれぐい、と引き寄せられる。突然の事に驚き、為す術もない花村の中途半端に開いた口の隙間を狙い、ぬるりと生温かいものが強引に捩じ込まれた。
 逃げる舌を追い、戸惑いごと絡み取る様に口腔を蠢かれ、頭の芯がじんじんと痺れる感覚がする。随分と荒々しく、まるで奪い取る様な口付けにふと奇妙な感覚が全身を貫いた。自分はこの感覚を、知っている様な気がしたのだ。こんな激しいキスなど体験した事がない筈なのに、それなのに覚えのある様な気がする。それが何時、何処であったのか、ぼんやりと霞みがかった頭では思い出す事が出来ない。ふと浮かんだ小さな疑問は瞬く間に思考を支配する。
「今、何、考えた…?」
 口付けの合間にそう問われても、答える事が出来ない。彼は息を整えるので精一杯な自分を愛しげに見詰め、ちゅ、と軽く触れるだけの口付けを与える。その何気ない行為に、花村は目を見開いた。今迄のどのキスよりも、重い気がしたのだ。
「慣れてないけど、慣れてるよね。――杞憂なら、良いんだけど」
 独り言のように小さく落とされた言の葉は、何故か花村の心を深く抉った。


 人目を憚る様に、けれども隙を見てはこっそりと。軽いものから深いものまで。幾度も何度もキスを交わす。
 あれほどガチガチに固まっていたというのに、一度深い口付けを味わえば、後はすんなりと受け入れられる様になった。今では自ら舌を差し出し絡める事もある。
 付き合って、キスをして、そしてそれにも慣れた。けれどもそれ以上はまだない。それに妙な焦りと、そして違和を感じる。
そう思う事がまるで罪だとでもいうように、花村は自ら唇を押し付け、それら一切を唾液と共に呑み込んだ。
知られてはならない。気付いてはならない。でも誰に、一体何に―――?
「ッ、――はな、むらっ」
「…ン…?」
「がっつき過ぎ」
 互いの唇を繋ぐように細い透明な糸が紡がれ、それが妙に艶かしく見えて花村は頬を染めた。幾ら人通りの少ない校舎裏とはいえ、些か度が過ぎた。急に我に返って、羞恥に身悶える。
「花村かわいい」
 赤く色付いた頬に唇を落とされ、花村は恥ずかしさの余り全身が焦げるような錯覚を覚えた。
作品名:THE FOOL 作家名:真赭