THE FOOL
そんな自分の顔を見られまいと目の前の男の肩口に額を押し付け、荒ぶった心を落ち着かせようと苦心する。あやす様に頭や背を叩かれて、奇妙な安心と共に香った匂いに胸が苦しくなる。
好きだと問われたら好きだと答える。キスだって気持ちが良い。抱き締められると心が安らぐ。けれども、それなのに、違うと心の何処かで何かが叫ぶ。しこりのようなそれはいつだって花村を苛んだ。
それを払拭するようにぎゅうと回した腕に力を込めると、同じ力で返された。それだけで満たされる。幸せだと思う。なのにやっぱり、同じだけの罪悪に駆られるのだ。己の事なのに理解出来ない感情に、花村は泣きたくなった。
「花村?」
異変に気付いたのか、覗きこむ様に視線を合わせてくる男にゾッとする。思わず伏せた顔に、彼は怪訝な顔を隠そうともしなかった。
「――花村」
常よりも低い声に、びくりと身体を震わせる。あからさまなそれを咎めるでもなく、それどころか宥める様にぽんぽんと背を叩かれて、漸く花村は安堵の吐息を漏らした。
「今日、俺んち二人とも親居ないんだ。――泊まりに、来る?」
それが何を意味するのか、幾ら鈍いと定評のある花村とて十二分に分かる。理解した途端落ち着いた呼吸がまた忙しなくなり、真っ赤になった顔を極力見られない様に、こくりと花村はいつかの時の様に、小さく頷いた。
「良かった」
ホッと息を吐き、それから嬉しそうに笑う顔を間近で捉える。それを見て、花村はどうしようもなく切なくなった。