主花ログ詰め合わせ
その日の天気予報は夕方には雨は止むでしょう、との事だった。稲羽の予報はよく当たる。だから花村はそれを信じ、今朝は傘を持たずに家を出た。
「うげ…。マジかよ…」
良く当たる予報も偶には外れる事もあるらしい。生憎と下校時刻になっても雨は降り続いたままだった。
どうしようかと途方にくれる花村の視界の隅に、珍しい色合いが映り込む。花村はぱっと顔を輝かせた。
「あーいぼー!心の友よ!」
「…なんだその猫撫で声は。嫌だからな」
「俺まだ何も言ってない!」
「言わなくても分かる」
そういって彼――月森は手に持った折り畳み傘を振ってみせた。その意図に気付いて、花村は唇を尖らせる。
「いーじゃん、別に。無理矢理押し込めば男二人くらい入るんじゃね?多少は濡れるにしてもさ」
なあなあ、と詰め寄れば、これみよがしな溜息を一つ吐かれ、それから仕方がないなと苦笑でもって返される。月森は花村に甘い。本人に自覚があるのかないのかは定かではないが、少なくとも花村はそう感じていた。
優越は少なからず行動に出る。そして無自覚ながらそれを許されるだろうという意味のない確信もある。花村の行いは、だからこその振る舞いでもあった。
パン、と開けた傘の中、ぎゅうぎゅうと詰め込む様に入る。多少キツイが我慢できない程でもない。意を決して外へと足を踏み出すと、こん、とやさしく天を叩く音が響いた。
雨脚は強くはないが、はみ出した肩が徐々に濡れそぼり色を変えていく。冷えた肩を補う様に、もう片方、くっつきあった布越しの肌が温度を上げた。
「あーやっぱ狭ぇな」
「ならとっとと出ろ」
「ひっでえ!」
ちょっとした密閉空間の中では普段通りのじゃれあいですら、反響して大きくり耳へと届く。それを面映ゆく思いながら、けれども悟られないように花村は歩を速めた。
そうして他愛も無い話を繰り広げながら長閑な田舎道を歩いていると、唐突に唇に違和を感じた。それは本当に突然で急な出来事だった。
湿った柔らかな温度は覚えがあるのに、それを脳は認識してはくれなかった。ただ、目の前の鋭いのに柔和な眸がごく至近距離にある事だけは、花村にも分かった。
「な、…な、な、な、え?」
「花村、言えてない」
おかしそうに笑う月森の姿を目の当たりにして、熱が一気に噴き上がる。感情だけが置き去りにされて、ついていけない。
混乱する花村を余所に、もう一度、月森は唇を寄せた。
「…これ、狭いからさ。普通に相合傘するよりも色んな事出来ると思わない?」
ゆるりと笑うその顔を見て、してやられた、と思った。目まぐるしく渦巻いている感情の整理は全て後回しにする事にして、花村は今最も強い気持ちを珍しく隠す事無く露わにした。
「なんかすっげー腹立つ。ムカつく。あと、むちゃくちゃ悔しい」
そう告げた途端、盛大に吹き出した相棒の胸倉を容赦なく掴み、花村はその唇目掛けて噛み付いた。