Magical Mischief-Makers
不毛な言い争いを続けていた2人はそれを聞いてぽかんと口を開けて固まった。その顔のまま、シリウスはころんと草に転がった。一拍遅れてジェームズは腹を抱えて笑いだした。
「最高じゃないか、セクシーなマクゴナガル!」
「そんなもん見たくねえって。想像しただけで吐きそう」
「いつもながらピーターの着眼点はすごいね。斬新だ」
「いや僕そんなつもりじゃなかったんだけど」
ささやかな否定など彼らの耳に入るわけもない。思いがけない方向に転がってしまった計画は、もはやピーターにもリーマスにも止めることはできない。軌道を定めぬまま走り出してしまうシリウスとジェームズは悪戯計画の両輪であり、同時に無敵の推進力でもあった。僕たちはそれに上手く乗ることもできなくて、ただ後ろをついて走るのが精一杯だものね。リーマスがちいさく肩を竦めてみせると、ピーターも同じ仕草でそれに応えた。どうやら思いは彼も同じだったらしい。
視線で会話をするふたりに気付いて、ジェームズがリーマスの頭を小突いた。
「なに、部外者のふりしてるの、リーマス?」
「きみたちはすごいなあって思ってるだけだよ。ね」
「ピーター、お前もだぞ。いまさら他人のふりしたってダメだ」
「そうだよ。参謀ふたりに抜けられちゃ悪戯仕掛け人も廃業だ」
「さ、さんぼう?」
「そ。だからさ」
シリウスがピーターの肩をがばりと抱いて、にやりと笑いかけた。
「罰を受けるときは一緒だぜピーター」
「…そんな役職はお断りしたいんですけど」
「僕たちは見てただけですって言おうかな」
「裏切るなよリーマス!」
「友情とはかくも脆いものなのだよ、シリウス。というわけで僕も裏切る」
「てめえ!」
「僕は見てただけでーす」
「僕もでーす」
「僕もー!」
「なんだとー!」
シリウスはピーターの肩に置いていた手を滑らせて彼の首を抱えた。腕で首を絞める真似をする。ピーターは笑いながらギブアップ!と叫び、シリウスの腕を叩いた。ぱしぱし、と音は和やかに4人の間を跳ねた。
ぱたぱたぱた。
そこに紛れるかすかな音に気が付いて、リーマスは首を巡らせた。
この音は。
笑声と会話の隙間にリーマスは耳を澄ました。
漏れ聞こえる異音は少しずつ近くなる。
ぱた、ぱた、ぱた。
仲間を見遣る。彼らはまだ気付いていない。暖かな日はまだ彼らの目の中にある。
けれど、ついさっきまで、僕たちはこの音から逃げるために必死で走っていたのではなかったか?
「ねえ、何か聞こえない?」
迫る気配に声をあげると、彼らはそれぞれの動きを止めてリーマスに目を向けた。
「あ?」
「何か?」
「聞こえる?」
訪れた静寂に響く音。ぱた。ぱた。
「…やっべ!」
シリウスはピーターを放り出し、放り出されたピーターはその勢いで立ち上がった。リーマスは音のする方を見る。鳥はもうこちらに気付いているだろうか。
「入れ、早く!」
ジェームズの声に振り返ると、ピーターの足が彼のマントに吸い込まれるところだった。シリウスが顔を出し、早く来いと怒鳴る。その場所に頭から滑り込むと、その足のすぐ後ろでマントが閉じられた。ジェームズも首を引っ込め、4人はふたたびマントの中でぎゅうぎゅうに縮こまった。楽な体勢とはとても言い難い状態ではあったが、4人全員が無事に身を隠すことに成功し、安堵にほっと息を吐く。それぞれが笑顔で視線を交わしたその中心に、ふわりと落ちてきた白い影。
ぴよぴよ、と愛らしい声でそれは鳴いて。
「ぎ」
悲鳴を上げるいとまなどあろうはずもなく。
ぽふ、とそれはなんとも迫力に欠ける破裂音。密閉空間に充満するきな臭い空気を吸い込んで、4人は盛大に咽せた。マントから這い出したままの姿勢で跪き、げほげほと咳き込んでいると、視線の低いところに革靴が見えた。
きちんと磨かれた爪先と、足首に届くスカート、上品に揺れるストールを辿って視線を上げて、リーマスはその持ち主の顔を見る。
「わたくしといたしましては」
冷ややかな視線は4人全員に、平等に注がれていた。変身学教授の眼鏡がきらりと光る。こうなってしまってはもうどこに逃げることもできない。リーマスはしゅんとうなだれて、こほんと最後の咳をした。
「グリフィンドールの残り少ない点を減らすのは忍びないのです。が、仕方ありません。良いですね?」
それぞれが頷く時間を待って、教授は高らかに減点を宣言した。
「罰についてですが」
教授はそこまで言って言葉を切った。不審に思ってリーマスが顔を上げると、教授はふいと顔を背けた。
「あなたたちの姿に免じて、今回は」
背けた口許が、こまかく震えている。泣いてる?いや、違う、あれは、
笑ってる。
笑ってる?
くるりと振り返る。答えを探してそばにいる仲間の姿を見る。頬をかすかに煤けさせた3人の髪は見事にくるくるとねじり、うねり、四方八方に向けて飛び出していた。そして何故か真っ白だった。
思わず吹き出しそうになってリーマスはそれを押さえ込んだ。自分だけが無傷でいられているはずがないのだ。おそるおそる自分の髪に手を伸ばす。もさ、と触れるはじめての感覚は、おそらく自分の頭がはじめての髪型をしているからだろう。もさ。もさ。頭上からはぴよぴよと愛らしい鳴き声が聞こえる。どうやら鳥はリーマスの頭を巣と定めたらしい。それならこの中でいちばん滑稽な姿をしているのはおそらく自分だ。それを想像するとあらためて笑いがこみ上げたが、リーマスはそれを殺して顔を伏せた。
「教室に戻りなさい」
捨て台詞のようなそれを震える声でようやく言い終えて、教授は踵を返した。せかせかと急ぎ足でその場を立ち去る。
教授の姿が見えなくなるまで4人で見送った。
「ふは」
誰からともなく笑い出す。一度解放してしまえば際限なく笑いはこみ上げた。腹筋が痛んでも顎の関節が痛んでも、誰かとうっかり目を合わせると容赦なくそれは襲いかかった。呼吸器はもうまともに機能していない。胸を押さえ、涙を拭って、ようやく人心地ついた頃にはもうへとへとに疲れていた。
4人は草に転がり、肩で息をしながら、高い空に流れる雲を見た。彼らの髪はまだ白く、芝生のあざやかなライトグリーンに雪のような純白はもさもさと映えた。
「笑いすぎて疲れるなんて、はじめてだよ」
リーマスが言うと、ピーターが素直に賛同を表した。けれどシリウスはけけっと笑った。
「のんきだなあ、お前ら」
それに応えるように、ジェームズが喉の奥で笑う。
「さて、じゃあ、どうしようか?」
「じゃあ、ってなに?」
「せっかくの髪型だからさ、これじゃ終われないだろう?」
ジェームズはころんと俯せて体勢を変え、芝生に肘をついた。シリウスも同じようにして頬杖を付き、顔をくしゃくしゃにしてきひひと笑った。まだ何かやる気なんだ。リーマスはおかしくなる。もう全部出し尽くしてしまったと思ったのに、この身体にはまだ笑いが潜んでいたらしい。ふふ、とこみ上げてきたそれを力無く芝生の上に転がして、リーマスは空を見上げたまま彼らの声を聞いた。
作品名:Magical Mischief-Makers 作家名:雀居