魔法少女リリカルほむら、2枚目
まるで、得体の知れない何かに引き寄せられていくような感覚。それが、走り続けた事による体内エネルギーの消耗と重なって、激しい嘔吐感へと変わっていた。
「駄目だ、集中しないと。今すぐ暁美ほむらを見つけなければ。」
人から姿を感知されないボクは、何度も衝突しかけながらも、少しでも可能性のある場所をあたる。焦る気持ちを抑えつけ、ようやく見つけたものは、とても意外な存在だった。
「やぁ。初めまして、というべきかな。」
「…もう一人の、ボク?」
大通りの、衣料店の立て看板の上に乗っていた、自分と同じ容姿をした存在に話しかけられ、僕は足を止めた。
「少し話をしないかい?」
「悪いけど、ボクは今急いでるんだ。君の相手をしている暇はないよ。」
「まぁ待ちなよ。本来僕達には、任務遂行用の、魔力感知の為の広範囲ソナーが備わっているはずだよね。…今の君には、何らかの不具合から使用不可能になっているようだけどさ。とにかく、僕が探索し終えるまで、少し僕と話をしようよ。」
同族であるはずの、目の前の存在に対して本能的に警戒をしつつも、少しでも情報を得られるならと、ボクはこいつの話に付き合うことにした。
「――君の様子は、昨日から観察させてもらったよ。この街のインキュベーターと連絡が取れないという問題を、確認しに来た時からね。」
やれやれだよ、といった呟きに対して、時間の猶予がないボクはこいつを睨み付けた。
すると、いかにも楽しげに白い尻尾を揺らしながら、こいつは続けた。
「最初、君の行動を見た僕はね、君が巴マミに取り入るために、感情を得た素振りを偽ったんだと思ったよ。けれど、君の行動、思考パターンを観察して、君が感情に目覚めたことに気が付いた。きっと、先の明美ほむらの魔法が上手く作用せずに、強い衝撃を脳に受けた事からの、天文的確率で引き起こされた現象だね。」
「前置きはいいから、早く本題に入ってよ。」
「そうかい?…結論から言うと、巴マミの感情値が安定しつつある。孤独を抱え、単身で戦ってきた彼女が、君という存在に安らぎを得てしまった。このままじゃ、ソウルジェムのグリーフシード化が起きない。それは困るんだよね。」
「…何、言ってる?」
「僕たちは、魔法少女のソウルジェムがグリーフシードへと変換される瞬間に発生する、膨大なエネルギーを回収し、その副産物として生まれる魔女を、別の魔法少女に退治させて、ソウルジェムの穢れにつなげる。その循環を円滑に進めて、この宇宙の寿命を延ばすのが役目さ。」
「!?」
「君は、自分の存在がどういったものか、巴マミの説明だけで何の疑問も持たなかったのかい?」
その言葉に、自分自身の身体へと視線を落とす。
予感はあった。けれど、巴マミとの遣り取りが楽しくて、気付かない振りを続けていた。
その予感が、目の前の存在によって確信に変えられるかもしれない、その恐怖をボクは振り払った。
巴マミと、これからも過ごしていく為に。
いつかきっと、ボクが向き合うことになる事実だから。
「この世界に広まる民間伝承の中で、成人した男性に淫夢を見せ、精気を奪う女性の姿をした存在を『サキュバス』、男性型を『インキュバス』と言うよね。そこから、未成年の少女に奇跡と魔法という夢を見せ、絶望というエネルギーを収穫する僕達は、いつしか『インキュベーター』と呼称されるようになったんだ。」
「……つまり、巴マミを魔女へと変貌させることが、僕の役目?」
「それは単に、この世界を救うための手段でしかない。」
「そう。」
自分という存在に対して込み上げた感情は、怒りですらなく、果てしないほどの悲しみだった。人間の様に涙を流すことすらできない自分が、酷く価値の無い存在に思えてくる。
「そうだ、君にこれを送るよ。以前暁美ほむらから預かった手榴弾だ。沢山貰っておいたんだけど、どうも使い道に困っていてね。背中のインベントリを確認してみるといいよ。」
けれど、悲しみに打ちひしがれるのは今ではない。その事実が、ボクを次の行動へと移らせた。
「それでさ。感情に目覚め、使命を遂行できない君が居たんじゃ、巴マミの穢れが溜まらないよね。だからそれ使って、君。」
シンデクレナイ?
その言葉を聞き終える前に、僕は既に駈け出していた。
一心不乱に走り続け、人ごみに紛れるように大通りを進んでいく。暫くして、人気の無い路地の方に入り、後ろを振り返ると、何者かが此方に近づいてくる音が聞こえ、また足を動かそうとした時だった。
「待って、きゅうべぇ!」
「!? 君は確か、昨日暁美ほむらと一緒にいた…。」
「鹿目まどかだよ、きゅうべぇ。色んな話は後にして、マミさんが何処にいるのか教えてくれる?」
「マミなら今、この街に出現した魔女を退治に向かっているよ。それより、暁美ほむらは?」
そうボクが尋ねると、鹿目まどかは一枚のメモ用紙を渡してきた。
「それ読みながら、マミさんの所に案内して!」
「…分かったよ!」
様々な出来事が乱立する中、ボクとまどかは、マミのいる魔女結界の方へと向かった。
「ここだよ。」
きゅうべぇの案内で魔女の結界入口へと、たどり着きました。広い街中できゅうべぇを見つけて、ここまで来れたのは上出来だけど、その道中で佐倉さんを発見できなかったことが悔やます。ですが、ここまで来た以上、私は自分に出来ることをしようと思いました。
「本当に君も来るつもりなのかい?」
「うん。私が魔女の結界に入れば、きっとマミさんも人間がいるって気付いてくれると思うから。それに、きゅうべぇだっているしね。」
「…分かったよ。けど、危ないことは禁止だからね。」
つぶらな瞳で心配そうにこちらを見つめてくるきゅうべぇに内心で悶えながらも、私達は魔女の結界へと侵入しました。
侵入した場所は、一本道の通路の間でした。結界内はとても明るい雰囲気に包まれていて、まるで絵本のせかいに迷い込んだような錯覚を受けます。けれど、そこに蔓延る使い魔たちの姿は、一見可愛らしいように見えて何処かが歪んでいて、所々に覗く鋭い爪や牙がいっそう恐ろしく見えました。
「まどか、突っ切るよ」
きゅうべぇは、背中の普段グリーフシードなどを収納する部分から、武骨な球体状のものを取出し、前足で固定して、口で上部のピンを抜き、使い魔の集まっているところに向かって、球体を長い耳で、ゴルフのように球体を弾き飛ばしました。
「え」
「走って!」
きゅうべぇの飛ばしたものが爆発したことに驚きながらも、その方向に向かって一気に走り抜けます。
「(きゅうべぇ、大体の事情は、さっき街で教えてもらってわかったよ。貴方が感情を理解できるようになったことも、貴方が自分たちのしていることを、おかしいと感じたことも。)」
「(うん。)」
「(魔女と魔法少女の関係、マミさんには話すの?)」
「(…分からないよ)」
念話を続けながらも走り続け、やがて私達は、かすかに銃声が響くのを聞きました。
「まずい、マミが魔女と交戦してしまっている!」
「きゅうべぇ、急ごう!」
作品名:魔法少女リリカルほむら、2枚目 作家名:メア@這いよる篝ちゃん