愛し子1
痛い、痛いよ、イギリス
暗闇の中で、子供の泣き声がする。
忘れるはずがない。一から育てた最愛の弟の声だ。これ以上無いほどに守り、与え、そして置いて行かれた弟だ。また俺は一人になった。アメリカはとっくに俺から独立して、今は俺よりも強い。忘れた訳じゃないけれど、今まさにあの頃の弟が泣いていて黙って見過ごせるはずがない。
『アル!アメリカ?アメリカ!』
僕、どうしちゃったんだろう。痛くて、苦しくて、どうしたらいいの?
『アルフレッド!こっちに来るんだ』
声は四方から響いて、実態が掴めない。走りたいのに足が動かない。
これはなんの茶番だ。また酔っ払って悪魔でも呼び出しちまって、悪夢でも見せられてんのか俺は。
イギリス、助けてよ。痛いんだ。どうしていいかわからないんだ。
『わかったから場所を教えろよ!アル!アルフレッド!アメリカ!おい!!』
無茶苦茶に名前を全部呼んでも届かない。
ふと、何かのしずくが頬に触れた。滑りがあって、かすかに鉄臭い。
この臭いは、かつて嗅ぎ慣れた血の臭い。
イギリス。どこ?
『俺はここだ!アメリカ!手を掴め!こっちに来い!そっちはダメだ!』
そっちがどこかなんてわからないのに、闇雲に引き止めた。とにかくそっちには行かせていはいけないから、引き止めなければならないことだけをなぜか知っていた。
イギリス、どこ?
『ここだってんだろうが!そっちに行くな!』
イギリス、どこ?イギリス、どこ?イギリス、どこ?イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、イギリス、、、、、、
上からも、下からも、横からも、遠く近く、自分を呼ぶ泣き声がする。これは夢だ。夢だからこんなものは目を覚ませば終わる。わかっているのに、目を覚ます気になれない。それよりもまず、アメリカを引き止めなければならない。そうしなければ、取り返しがつかないことになる。
取り返しのつかないこと?それは何?
わからないのに、本能が赤サイレンを鳴らして、手を伸ばさずにいられない。
『しっかりしろ!アメリカ!』
イギリス、イギリス、イギリス、イギ、、、アーサー? アーサー。
『そうだ。俺だよ。ここにいるから来い』
ああ、どうしてこんなに絶望しているんだろう。まるで、引き止められないことなんか、とっくに気付いているように。
アーサー、、、、、、、さようなら。お兄ちゃん。
気配は、消えた。