愛し子2
『速報です!先ほど、ワシントンD.C発の旅客機が空港で着陸事故を――――――』
「日本さん、大変です!」
血相を変えて飛び込んできた部下と、テレビの速報は同時だった。
黒塗りの公用車が、警察に封鎖された道路を猛スピードで走り抜けてい行く。
この車に乗って来たアメリカを出迎えるはずだった日本は、後部座席で無表情のまま部下による最新情報を確認していた。開国当時から考えが読めないと言われたそれは、余裕の無い時に出る日本自身の癖だ。
もう何度目かの分岐を過ぎた所で、国際空港が間近に見える。
「日本さん、あと数分で到着です」
「到着次第すぐに状況確認を行います。責任者を集めておいてください」
負傷者は数十名。重傷者は3名。死者は0。ただし、アメリカさんがカウントされていない。
実在しても実体を持たぬ“国”にとって身体への衝撃は人ほど深刻なことになはらない。人の状況がこれならば、“国”は無傷でもおかしくないほどで、アメリカの場合、無事ならば率先してヒーロー的状況に目を輝かせながら救出活動を行なっていただろう。
機体が海中に沈んだわけでもないのだから捜索の必要もないだろうに、どうして一番にアメリカさんの無事が確認されない?
「とにかく、現場に行って話を聞くしかないということでしょうか」
ようやくたどり着いた空港は惨憺たる有様で、緋色に染まった夜空は地獄の釜の蓋が開くとはこのことではないかと思うほど、不吉に赤かった。
鳴り止まないサイレン、
飛び回る報道のヘリコプター、
ガラガラと音をたてて運ばれるストレッチャー、その場で心臓マッサージを受ける人、
血だらけの頭をレスキュー隊に押さえられた人、消毒液の臭いとそれ以上の血の臭い。
消防隊、自衛隊、警察。
何台もの救急車が到着しては、どこかに走っていく。
悲鳴、
泣き声、
怒声、
安否を呼ぶ声、
ニュースを告げるアナウンサーの叫び、
地面に叩きつけられて、翼が折れた胴体だけの飛行機。
煙、
炎、
消防車から放たれる大量の消火剤と大量の水。
せめてもの救いは、まだ冷たい海上ではなく、空港の滑走路の上だったということだけ。
目を疑う惨事に足元がおぼつかなくなりそうだったが、周囲を囲む人の手前、国が腰を抜かしているわけにもいかない。
国が背筋を伸ばして、堂々としていなければ、皆さんに余計な不安を与えてしまいますね。
私がしっかりしないといけません。
「日本さん。責任者は本部に集まっています」
「わかりました、すぐそちら、・・・あれは、アメリカさんの秘書ではないですか」
慌ただしく動く人の只中で、頭に包帯を巻かれて毛布を羽織ったスーツ姿の男性が、動くことなく飛行機を見つめている。何度か避難と治療の声を掛けられているようなのだが、全て断っているのだろう。飛行機の側を離れようとしない。幾度となくアメリカの所在を探す彼と電話で話をし、眉をハの字に曲げて慣れないお辞儀をしつつアメリカを引き取りに来る、見知った顔を間違うはずがない。まだ20代だろうに、兄のようにアメリカに説教をし、説教が徒労に終わって諦めの背中で去っていく彼にすっかり同情しているうちに親しくなった。
年若くして祖国の秘書を任されるエリート官僚であるのに印象が薄く、まるでいつもクマを抱えている某国のような佇いだが、時折鋭い知性を覗かせる瞳が有能さを物語っていた。
「あっ、確かに。今日の訪日はプライベートのものと聞いていたのですが」
「責任者には、引き続き乗客の救護に勤めるよう伝えて下さい。アメリカさんの搭乗は極秘事項です。くれぐれも外部に漏れることのないように。私は今から彼に話を聞きます」
本部に駆けていく部下を見送り、日本は足早に彼の元へ急いだ。アメリカの消息について、彼ならば何かしら知っているに違いない。
「今日は、貴方も来ていたのですね?」
「日本さん・・・お久しぶりです」
「今回の事故は、本当に大変なことになりました」
安心させようと穏やかに手を取ると、少し驚いた彼を落ち着かせながら近くのパイプ椅子に座るよう促す。
憔悴しきった顔をうつむかせたまま、子供のように黙って従う姿が痛々しく哀れで仕方がない。
「申し訳ありませんが、事故のことを詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」