愛し子2
じっと前を向いたまま静かに泣く、彼の頬を拭うことしか出来なかった。どれだけの思いが彼の中にあるのだろう。
“国”はほぼ無条件に国の人を愛しく思うように出来ていて、国を思う人の心に反応しない国などいない。そんな贔屓目を差し引いても、彼の告白は胸を締め付けた。
報道関係者や野次馬の立ち去った空港は不思議な静けさを取り戻し、表立って活動できるようになった米軍の兵士が黒く焼けた飛行機の残骸を中心として必死に祖国を探す姿が見える。いつの間にか日は登り、月は白い海月のように海面に揺れていた。
「アメリカさんを消息不明にさせたのは私の責任です。私の命で引き換えになるのなら、いくらでも差し出すものを」
思いつめたような眼差しを滑走路に向けて涙を流し続ける彼の言葉に、ハンカチを持つ手が止まる。日本にも覚えのある言葉。国なら幾度となく体験する喪失のキーワードだ。
『私の命(人生)を貴方に』国が最も愛すべき人達程、早くに去り、誰一人帰って来ない。
「いけません」
「え?」
「そんなことを言ってはいけません。アメリカさんが貴方にそんなことを望むとお思いですか?」
ピシャリと言って手を握れば、彼はキョトンとした様子で首をかしげた。
そうやって、貴方方はいつもいつも満足気な顔で私達を置いていってしまう。自分の為にただでさえ短い命を捧げられることの苦痛や喪失感など、人にはきっとわかりはしないのだ。
「国はそんなにヤワじゃありませんよ。餅は餅屋。国のことは国に任せて、貴方は治療に専念して下さい。必ずや、アメリカさんを見つけましょう。お互い国ですからね。なんだか通じ合ってたりするもんなんですよ。はい。やってやれないことはありません。私も日本男児。二言はありませんよ。ええ!」
本当は、アテなど何も無かったのだが、啖呵を切らずにいられなかった。とにかく悲嘆にくれていても仕方ない。やることはすべてやらねば。天命が応えてくれるのは、その後の話だ。
アテが無いと言えば、本当にそうなんでしょうか?
とっておきの人がいるじゃないですか。なんで私は今まで忘れてたんでしょうね?
それにしても、こんなに自国民に心配をかけて、なにやってるんですかアメリカさん。
出てきた暁には、塩じゃけを山ほど奢ってもらわねば気がすみません!